そこまで触れないで

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そこまで触れないで

深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦したのですが、時間内に間に合わなかった代物です😅 途中まで書いていたので、もったいない精神で完成させました。 お題は「①確信 ②核心」を使いました。 だいぶむかーしに、ふと浮かんだシーンを殴り書きしたまま放置していたものだったりします。 珍しく、ファンタジーものです。 -------  ――ようやく、ここまで来たのよ。  懸命に息を殺して、視線の少し先で俯いたまま座る男を見やる。以前は少しでも動いたら目を覚ましていたのに、最近はよほどのことがない限りなくなった。  回復術兼攻撃魔術も少し操れる術士を探しているという噂を聞きつけた時は、幼い頃から身につけていた教養と元々の素質に感謝した。  偶然を装い、男の仲間に加われたのは我ながらうまく演じられたと思う。  警戒心が強い性格ゆえに、仲間を増やしたがらないということはわかっていた。敢えて「そこそこ使える術士」を演じていたのも、無駄に警戒させないため。意外に面倒見のいいところがあったおかげで解雇されずに済んだのは幸運だと言えよう。  そう、幸運ばかりだった。きっと神は、何もかも失った私を哀れんでくださったに違いない。  髪留めに偽装した、針のように細いナイフをそっと抜き取る。男が目覚める気配は全くない。聞こえてくるのは規則正しい寝息と、木々のかすかなざわめきだけ。  ――国の滅亡と同等の苦しみを、あの世で存分に味わうがいいわ。  首筋を掠めそうなぎりぎりの位置にナイフを構え、一息に突き刺した。 「そろそろ、やってくるんじゃねえかと思ってたよ」  皮膚を貫く感触は、味わう前になくなった。  薄い月明かりの下で、二つの鋭い光がこちらをまっすぐに捉えている。 「っと、これはさっさと片付けるかね」  目的を果たせなかったナイフはあっけなく奪われた。これ見よがしに振り子のように目の前でちらつかせた後、懐にしまう。 「……どうして……」  口の奥が痛い。どうやらかみ砕く勢いで食いしばっているようだ。そうでもしないと耐えられない。やっと、やっと数年超しの復讐が終わると思っていたのに。 「マデューラ国の第一王女。そこに攻め入ったのが、俺がとうに捨てた国。だったか」  正体はとうに見破られていたのか、つい最近なのか。男の表情からは読み取れない。 「復讐するのは結構だがな。俺にすんのはお門違いってもんだぜ」  戦争を仕掛けられた頃には、男はとうに国を捨てていた。仲間に加わる前には知っていた情報だったが、国家相手に喧嘩を仕掛けられるほどの実力も人材もない絶望的な状態だった。  自分にとっては捨てていようがいまいがどうでもいい。あの国の人間であることに、かわりはない。 「ま、俺にとってもあの国は滅んでもらいたいからちょうどいいかもな。どう?」  軽々しい態度で、こいつは一体何を言い出すつもりなのか。 「あの国、今相当フラついてるんだってさ。アンタと俺、あと何人か雇えばボコボコにできると思わない?」 「ふざけるな!」  氷の魔法を放つ。小さくとも鋭い刃は男の頬を掠め、薄闇に吸い込まれた。 「私が……私がどんな思いで、今まで生きてきたと思ってる……!」 「へえ、ほんとはそんな喋り方なんだ。『わああ、すみませんまた失敗しちゃいました~』とか、よくできてたじゃん」 「貴様ぁぁ!!」  どう行動したのか覚えていない。気づけば首元に手をかけて地面に押し倒していた。逃げられないよう、魔術で男の全身を縛り付ける。 「ずいぶんと立派な殺気じゃん。さっきとは比べものにならないね」  なぜ、平然と笑っていられる。自力で解けない拘束具をつけられているようなものなのに、どうして命乞いさえもしない。強がっているようにも見えないから、なおさら。 「ほら、早く殺しなよ。さっきみたいな力入れりゃ復讐達成できるぜ?」  そうだ。この男が何を考えているのかわからないが、隙だらけなのは確かだ。早く終わらせるんだ、両親達の仇をとって、国を復興させるんだ。  余裕だらけの顔がわずかに歪み始める。そういえば自らの手で人の命を奪うのは初めてだった。討伐依頼の最後を飾る悪党が人間の時、必ず彼がとどめを刺していた。  視界が闇に覆われていた。いつのまにか、自ら蓋をしていたらしい。 「……お前は、本当に、甘いねぇ」  不意に違和感を覚えて視界を開く。  見なくてもわかる。喉元に得物を突きつけられている。両腕を魔術の有効範囲に含め忘れるなんて、致命的ではすまないミスを犯してしまった。  だが、男は一向に得物を動かそうとしない。どこか愉快そうにも見える。 「わかってたさ。お前が途中から、俺のこと本気で殺そうとしていなかったこと」 「ふ、ざけたことを」 「さっきのナイフ。あのまま振り下ろしても急所は外れてた」 「私が、勉強不足なだけで……!」 「そんな言い訳で、本気で誤魔化せると思ってるのか?」  頭の中では否定の単語が絶え間なく流れているのに、表に吐き出すことができない。  ――彼の仕事ぶりを、一番近くで見ていたのは一体、だれ?  この森に入る前は肌寒ささえ感じていたほどだったのに、汗がにじんで仕方ない。気温の変化がわからない。わかるのは、劣勢に置かれていることだけ。 「まあ、俺もお前をどうこうしようとは思ってないさ」 「なに……?」 「これでも、お前のことは結構気に入ってんだよ」  理解できない。「ごっこ遊び」だったとしても、仲良く肩を並べて歩く生活はもうできない。  あるいは、奴隷にでもなれと言っているのかもしれない。 「……殺せ」  一瞬、男の双眸が揺らいだ気がした。 「お前にいいように使われるくらいなら、ここで果てた方がましよ」  今度ははっきりと目を見開くと、可笑しそうに小さく笑った。 「何がおかしい!」 「そんな未練ありありの顔で言われても、ねぇ」  そんなことはない。  まぎれもない本心をぶつける猶予は、与えられなかった。  おまけに受け入れがたい現実に襲われている。なぜ、どうしてこんなことに。抵抗らしい抵抗もできていない。 「言っただろ? 俺はわかってた、って」  唇を解放した彼は、今度は満足そうに目を細めた。 「お前も俺のこと、意外に気に入ってるんだよな?」  国を滅ぼされた後のこと。  彼の仲間に加わった後のこと。  様々な記憶が脳裏を走り抜ける。同時に説明できない感情がぐるぐるにかき回されて、胸の中を圧迫していく。  私は復讐しなければならない。でなければひとり生き延びた意味がなくなる。こんな痴れ言に構っている暇などない、ないのに。  気色悪いほどの微笑みから目が逸らせない。  頬をすべる、ありえないほどに優しい手を払い落とせない。  命を奪われるものも、奪うのを邪魔するものも、ない。そのチャンスを活かそうとする動きを、取れそうになかった。
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