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お願いタイムリミット
彼女の屋敷の庭を贅沢に借りて、二人だけの花火を楽しんでいる。
本当は、夜空を飾る大輪を見せたかった。彼女にとって人生初となる花火なら、感動はその方が上だったろう。
それでも彼女は手持ち花火を心から楽しんでいる。同梱されていた打ち上げ系のものはさすがに禁止されたものの、他にも様々な種類があるから飽きないみたいだ。ホームセンターで大容量タイプも入手可能だと、事前に調べておいて本当によかった。
街中で迷子になっていた彼女を偶然助けて始まった、日本で知らない者はいないであろう企業の社長令嬢との不思議な付き合い。あとで詳細を聞いたが、勢いで家出を試みたものの、どう行動すればいいかわからなくなってしまったという。
普通なら気軽に遊ぶことも許されない俺がこうしていられるのは、彼女のおかげだった。
「あ、花火、もうこれだけしかないんですね……」
互いの間にある残りの花火に手を伸ばしかけて、彼女の動きが止まる。
「線香花火だけだね」
「新しい花火、頼んで買ってきてもらいます」
「さっきもだいぶ無理言って買ってきてもらってたし、きっと聞き入れてもらえないよ」
タイムリミットは確実に近づいている。
二人だけの花火大会も、相当頼み込んで実現させたらしい。俺達から離れて複数人のSPを見張りにつけているのは両親の気持ちの表れだと思う。
諦めて線香花火を手に取り、そっと火をつけながら彼女は呟く。
「叶うなら、海でやりたかったんです」
「うん。海と花火は最高の組み合わせだしね」
「あなたに教えてもらいましたよね。お友達と海辺で花火をやっている写真、きれいで楽しそうで……私もやりたいって、すごく思いました」
「俺も大学に入ってから、友人に教えてもらったんだ。それまで花火自体やったことなくて」
こっそりとメッセージアプリ用のIDを交換して、デジタルの文通を続けてきた。厳格な親のもとで育ってきた彼女に、今まで学んだ世の中での「楽しいこと」を伝えていた中、一番に食いついたのが花火だった。
誰もいない海で、二人だけで花火を堪能して……彼女は最高に輝く笑顔でいて、それを俺は微笑ましい気持ちで見つめているのだ。
お互い、しがらみさえなければ自然に好き合っていられたかもしれない。
彼女の気持ちには、ずっと気づいていた。いつだって自分を偽らない潔い性格は、とても眩しい。
「お願いが、あります」
俺の腕を控えめに掴んだ彼女は、海面に漂う月のような瞳を向けた。
「私を、あなたのものにして」
微妙に伝わってくる震えは、無謀と知りながらも口にした彼女の覚悟を伝えていた。
すべてを捨てて逃げられるなら、俺だってしたい。
「これで、最後の一本だ」
残り二本となった花火のうち一本を、渡す。
「……ごめんなさい。私、変なことを」
今にも泣き出しそうな声までも無視する真似は、できなかった。
「今度こそ、大きな花火を見よう」
胸が痛い。こんな約束、期待を無駄にもたせるだけにすぎない。
彼女は頷くことなく、探るような視線をまっすぐ向けてくる。必死に嚥下したい衝動をこらえる。
「……本当に、約束してくれますか」
最後の線香花火は、一番大きな玉を作っていた。紐に縋りつきながら控えめに花を散らし続け、次第に縮小していく。
「あの時、なんてひどい人かしらと思ったの」
泣き顔を見たくなかった。そう白状すると、窓越しに苦笑が映る。
「……仕方なかったのよね。あなたがライバル会社のご子息だって知った時は、本当に驚いたわ」
「周りには秘密にしてたんだ。だから、言えなかった」
数年後、会社同士が合併して、俺達の仲は正式に認められた。
今は夏になるとホテルに予約を取り、窓から夜空の大輪を心ゆくまで楽しんでいる。
「……いいんです。こうして、私の夢を叶えてくれたから」
彼女の肩に回していた手に、自らのそれを重ねる。
互いの薬指を、揃いの輝きが飾っていた。
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