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きょうもまた石を投げられた。
こんなことにはもう慣れている。痛いことにも。それが終わることがないと分かっているからもう諦めた。
ただ、お母さんからも冷たくされることにはいつまでも慣れない。慣れたくもなかった。
お父さんは10年前、私が2歳の時に海で死んだと聞いている。詳しいことは聞いてない。もう会えないなら知っても悲しいだけだ。
それより、お母さんのことを知りたい。何でみんなと同じように私を嫌うのか。
夕食の時に思い切って訊いてみると、あの人の子だから、といつも以上に冷たく答えた。
「本当は産みたくなかった」
顔も見たくない、と叫ぶみたいに言った。
茶碗を乱暴に置く音が怖い。お母さんが言ったことは針みたいに尖がっていた。
痛い。これ以上は家にいたくなくて、外に飛び出した。
暗い。夜だから周りには誰もいなかった。
良かった。けど、どこに行けば良いのか分からない。
居場所がない。
消えたい。
そう思ううちに、島の隅にある洞窟に恐ろしい怪物がいるという話を思い出した。
人間が駄目ならもう怪物しかいない。
食べられて終わりでも構わない。とにかくそこに行くことにした。
けど、洞窟の入り口に立つと足が勝手に止まった。中は外よりも暗い。
怖い。でもそれを振り払って一歩入った。
その瞬間、奥から低い声が聞こえた。「何だ?」と言っている。
けど、返事ができなかった。
黙っていると、さっきの誰かはもう一度同じことを同じように言った。
「私、この島に住んでるけど居場所がなくて…だからここに来たの」
「俺のこと、知っててきたのか?」
「…そう。怪物っていわれてる。食べられても良いと思ってきた」
正直に言ったら、「食べない」と答えた。
「空腹とは無縁だ。入って良い」
「分かった」
返事をして中に入る。暗闇に目が慣れてきたけど、怪物は見当たらない。
「どこにいるの?」
「ここだ」
声と一緒に何かが動いた。黒い塊。顔を上げたみたいで、目が光って見えた。
でも、声が優しいから怖くなかった。隣まで行って、そこに座る。
「大きいんだね。熊みたい」
それと狼を合わせたような見た目。両方見たことはないけど、知っている動物だ。怪物は、そうか、と答えた。
「自分では見た目が分からない」
「言われたことないの? 熊だって」
「ない」
人と顔を合わせることがないと言った。
そういえば、周りの人たちが騒いでいるのを見たことがない。ただ怪物がいるとだけ聞いていた。
変な話だ。けど、それはどうでも良い。怪物の話を聞きたい。
「どこから来たの?」
浮かんだ質問をした。
「…分からない」
「そっか。食べ物はどうしてるの?」
「夜中に調達してる。その辺りの木から」
「それで足りるの?」
「時々入り口に置いてある」
怪物が盗みに来ないように誰かが夜の間に置いていくんだろうという話。
「なら大丈夫だね」
「来るのが誰か知ってるか?」
「知らない」
もう人のことはどうでもいい。先のことも。ただ怪物には見捨てられたくなかった。
「ここにいても良い?」
「好きにしろ」
言って、外へと動き出した。
「どこに行くの?」
「食料を取ってくる」
振り返って答えた。
「私も行く」
それには良いとも駄目だとも言わなかった。多分これも好きにして良いんだろう。動き出した黒い背中について行くことにした。
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