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愚者とアライグマ
タヌキかと思ったら、アライグマであった。
雨に濡れた深緑の茂みからひょっこりと顔を出したそいつは、私の顔を見るなりふんと大きく鼻を鳴らす。なんだ、迷子か。とでも言いたげに、どこかげんなりした様子ですらある。
まさにその通りではあったのだが、毛玉風情に呆れられるとは私もいよいよ無能の極みだ。黒い手足で湿った土に小さな足跡をつけながら、そいつはゆっくりと私の前にやって来た。
灰色の身体は、茂みを潤していた雨粒を浴びてしっとりと濡れている。大木の根元にどっかりと腰を下ろした私の前まで来ると、そいつは意外にもお行儀よく手足を揃えて立ち止まった。
小さな黒い目がこちらを見ている。シマシマの尻尾をときおり揺らして、そいつはなにかを待っている様子ですらあった。白いお腹の毛についた雨粒が、月明かりの下でキラキラしている。
「嗚呼、こんなに誰かと見つめ合うのは、一体いつぶりのことだろう」
私は懐から煙草を取り出すと、湿気ったマッチを力任せに擦っていた。震える手で一本、二本とへし折ると、三本目でようやく火が付く。アライグマは脅えるようなそぶりすら見せず、ただじいっとしてそれを見ていた。
吸いなれた煙が肺を満たして、空っぽの私の両目からぽろぽろと雨粒みたいな涙がこぼれる。しかしそれは彼の腹を濡らしているものとは違い、キラキラと輝いてはくれなかった。
小さな黒い目がこちらを見ている。私の頭上にかけたまあるい輪っかを、彼はただじいっとして見つめ続けた。
月明かりの下、さも興味なさそうに、白でも黒でもないグレーの身体で。
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