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二章 スマホのパスワードは?
「あーあー、あーあー……、なんだかなぁ……」先輩は机に突っ伏し嘆きの声をもらした。
現れたのは依頼者ではあったけど、内容が先輩のお気に召さなかった。
彼氏の言動が怪しく、なんだか浮かれている様子。これは浮気しているのも知れない! どうか調べて欲しい!
それが依頼内容。
先輩は有無を言わさぬ表情で断った。依頼人はなにか反論しようとしたけど、気迫に押されとぼとぼと帰っていった。
先輩は机に突っ伏しながら、
「あんなもん謎でもなんでもないやんけ……、俺らは興信所じゃないねん……」と嘆いた。すると突然、声色を変え、「それになにが彼氏か、浮つきやがって……! ボケえ!」
それが一番気に食わないようだった。先輩は、くそう……と涙声で言った。
気持ちはまあ、わからないでもないけど……。
「でも、薬師寺さん」と涼ちゃんは言った。「ああいうのもこなしていかないと、依頼人は増えないんじゃないんすか」
容赦のない意見に、先輩は完全に沈黙してしまった。グウの音も出ないようだ。
「なあ、キョウ」
「ど、どうだろうね……、はは……」とぼくははぐらかした。ぼくまでも参入してしまうと、先輩の心が折れかけない。
先輩はよほど謎を欲していたらしく、そのあとも顔を上げることへこたれていた。呼吸音ももはや聞こえない。
背後では、先輩を皮肉るように太陽がさんさんと光っていた。先輩の背中も陽の光に輝いていた。
なんだか、少し笑えてきた。ここで笑ってしまったら先輩に悪いので、ぼくは膝をつねり我慢した。
沈んでいる先輩を尻目に、ぼくと涼ちゃんが気にせず話していると、
コン、コン コン
とまたノックがあった。
三回、鳴った。依頼人。また依頼人が?
先輩は急いで顔を起こした。先ほどの落胆が嘘のように、にたりと笑っている。
──でも、さっきの人が諦めきれなくて戻ってきたのかも知れませんよ?
そんな言葉をぼくは精一杯飲み込んだ。
「どうぞ開いてますから」と先輩は言った。
「失礼します」
扉を開け入ってきたのは、背の高い女子生徒だった。キツネのようなつり目で、涼しげな美人。スクールシューズの色で三年生だということがわかった。
「どうぞ座ってください。その二人いる前にでも」
「わかったわ」
こくりと頷くと、ぼくらの前に座った。大人っぽい美人に、少々ドギマギした。それを感じ取ったのか、涼ちゃんが訝しげにぼくを見ていた。
「お名前は?」と先輩は言った。
「ああ、私の名前は桜井(さくらい)舞(まい)。三年四組生よ」と体をデスクの方へ捻り言った。「何組かはいらなかったかしら?」
「そんなことはありませんよ」
先輩は笑みを浮かべてそう言うと、余っている椅子を持ってきて、ぼくと涼ちゃんのあいだに腰を下ろそうとした。ぼくたちは椅子をどけ、スペースを開けた。ありがとうと言い、先輩は椅子を置くと座った。
「よし。それで、どういった御用で?」
桜井さんはこくりと頷き、ポケットからスマートフォンを取り出し、机の上に置いた。手帳型の黒いカバーをつけている。ところどころキズや剥げている部分があった。
「これはいとこのスマートフォン」と桜井さんは言った。「このスマホのロックを解除してほしいの。パスワードがわからなくて、それを解いてほしくて」
先輩は眉をひそめた。「いとこの? 許可は取ってあるんですか?」
「ええ、それは大丈夫。春馬(はるま)さんも望んでいると思うわ」
「はるま?」
「私のいとこよ。フルネームは、村下(むらした)春馬。私も解除しようと頑張ったけど、駄目だった」
「はあ……」先輩は、少々訝しんでいるようだった。
でも無理もない。人のスマートフォンのロックを解除して欲しいと言うのだ。許可は取ってあるとはいうが。
それを感じ取ったのか、桜井さんは弁明するように、
「実は私たち、付き合っていたんです」と言った。
「へっ!」涼ちゃんは素っ頓狂な驚きの声を上げた。「付き合っていたって、その春馬さんとですか?」
「ええ、そうよ」
「へえ、そうなんすか!」涼ちゃんは眩しい笑顔を浮かべた。
「十歳も離れていたけどね」
「歳なんて関係ないですよ」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいわ」と桜井さんは微笑を浮かべ、髪の毛を耳にかけながら言った。その仕草はとても似合っていた。
また彼氏の話題だ……。先輩は拗ねていないだろうか。
顔色をうかがってみると、案外平常だった。燃えたぎる感情を抑えているだけかも知れないが……。
「でもお互い親には黙ってたの。親しい友人には話していたけど」と桜井さんは言った。
「な、なんで黙ってたんですか? いとこ同士だと、なんか言われてしまうんすか……」
「まあ、両方とも家が厳しいから。年齢も十も離れているし。古い考えといえば、そうなのかもね」
「そう、なんすね……」涼ちゃんは肩を落とし、元気のない声で言った。
これでも涼ちゃんは純情だから、桜井さんに同情でもしているのかも知れない。
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