二章 スマホのパスワードは?

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 先輩は、春馬さんのスマホを小さなため息と共に机に置くと、 「でも、糸口がないんですよねえ」と困ったように後頭部を掻いた。「探る術がない」 「それなら、役に立つかは解らないけど、春馬さんから以前ヒントをもらったことがあるの」 「ヒントですか?」 「そう。ラインをしていて、話の流れでパスワードはなんだって盛り上がったことがあったの。その時に、これがヒントだっていって送ってきたの」 「どんなヒントですか」 「実際に見てもらった方が早いよね」  桜井さんはポケットから自分のスマホを取り出した。春馬さんとお揃いの、黒い手帳型のカバーをしている。やはり女性だから扱いが丁寧なのか、こちらはキズなどは目立っていなかった。  少しばかりスマホを操作すると、 「これがヒントだって、送ってきたの」とぼくたちにラインの画面を見せてくれた。 『11111 9999 00 88 999 33 4444 222 9999 . 1 22』  そこには数字の羅列が並んでいた。同じ数字が幾つか続いたあと、空白があり、また同じ数字幾つ並び、また空白のあと数字といったように。  それに、あの『.(ピリオド)』はなんなのだ? いったいどういった意味なのだろう?  涼ちゃんも首を傾げ、少し口を開け不思議そうにしていた。「なんだこれ」  涼ちゃんの意見に賛成だった。  先輩は難しい顔をして腕を組み、顎に手をやっている。なんだか様になっている。謎を解き明かそうとする、探偵のようだった。この部活の部長だし、本人は「探偵やっちゅうねん」と言ってはばからないのだろうけど。 「春馬さんは、この数字の意味が解れば、パスワードも解ると言ってた」  桜井さんはそう言うと、スマホをポケットにしまおうとした。  それを先輩は止めた。「すいません、その数字をメモしておきたいので、もう少し見せてもらってもいいですか?」 「わかったわ」  先輩もスマホを取り出すと、二つの画面を交互に見ながら数字を打ち込んでいった。最後に打ち込んだ数字が合っているか確認すると、ありがとうございますと言った。 「他にも、なにかヒントらしきことを言ってましたか?」 「うん、言っていたわ」と桜井さんは頷いた。「パスワードは日本語で間違いないし、いま開いているその画面がたいへん重要だともいってた」 「いま開いているその画面が重要、ですか? それはラインをしている時に?」 「そう」  でも桜井さんのライン画面は、初期設定のままで特に変わりはなかった。  桜井さんは言った。「この『.』は、ものによっては『#(シャープ)』に代わるっていってた」 「ものによってはシャープか……」 「あと、パスワードの字数は十二だって」 「ふうん……なるほどねえ……。これはいい謎だぁ」先輩はいやらしくにたりと笑った。女の子に嫌われる笑みだった。「面白いなっ! この謎引き受けますわ!」 「ほんと!」桜井さんは手をぱちんと合わせた。 「はい、やってみます。そこで、幾つか質問したいことがあるんですが、いいですか?」 「質問?」 「ええ、パスワードには春馬さんの好きなものなどが関係しているかも知れません。とりあえず、情報が欲しいんですよね」 「ああ、なるほど。それじゃあなにを知りたいの?」 「では手始めに、趣味はなんでしたか?」 「やっぱり音楽を聴くことだったかなあ。映画も好きなようだったけど」 「音楽と映画か」と先輩はスマホにメモをしていった。「好きなアーティストは誰でした?」 「ううん、難しいなあ。色んな音楽を聞いていたし」桜井さんは顎に人差し指を持っていき、瞳を左上に向けた。「すぐ思いつくのが、ジミー・ヘンドリックス、ビートルズ、MUSE、カサビアンかな。ジャズだと、チック・コリアって人が好きだったみたいね」  ズラリと並んでいる横文字を、先輩は一つ一つ声に出し、一生懸命打ち込んでいった。 「ああ、そういえば」と桜井さんはなにかを思い出し言った。「よく、愛のロマンスっていう曲をギターで弾いていたわ。この曲が本当に好きで、考え事をする時に弾くんだって」 「愛のロマンス、と……」と先輩は呟きながらスマホに打ち込んだ。  ぼくは、愛のロマンスという言葉を、どこかで聞いたことがある気がした。頭を巡らせていると、とある映画が出てきた。 「愛のロマンスって、禁じられた遊びの曲のですか?」とぼくは訊ねた。 「ええ、そうよ。映画だと、あれが一番好きだって言ってたわ」  先輩は悩ましい唸り声を上げたあと、「あっ!」と声を出し膝を叩いた。 「禁じられた遊びってあれか、反戦映画の。あの曲、愛のロマンスっていうんか」  どうやら先輩も知っているようだ。  涼ちゃんは言った。「禁じられた遊びってなに、キョウ?」 「古い映画だよ、白黒時代の。フランスの映画で、第二次世界大戦中のフランスが舞台になっているんだ。所謂、反戦映画ってやつだよ」 「どんな内容なんだ?」 「ええっと、確か──ああ、そうそう、ドイツ軍の空襲によって両親を亡くしたポーレットっていう女の子が、田舎に住むミシェルっていう男の子と出会い、その家族に保護してもらうんだ。ポーレットはミシェルに、飼っていた犬のお墓を作ってもらうんだけど、ひとりきりじゃ寂しいからと、他の動物のお墓も作ってもらうんだ。それでも可哀想だからと、お墓を綺麗に飾りたいってお願いするんだけど──、っていう話」 「へえ、詳しいな」 「ぼくも好きで、ブルーレイを持っているんだ。で、愛のロマンスっていうのは、その映画で流れるテーマソングみたいなものかな。クラシック・ギターだけで演奏しているんだけど、とても哀しい音色なんだ」 「ふうん。ブルーレイ持ってんのか」と涼ちゃんは言った。  先輩は少し黙り込み考えたあと、 「春馬さんには好きな言葉がありましたか? 偉人の名言だとか、座右の銘だとか」 「特にないと思うけど」 「そうですかあ……、ううん」と先輩は唸り声を上げた。「そうやなあ、なら所属していたバンド名はなんです?」 「ナイスマイルよ」 「解散したあと、違うバンドに所属していたことはあります?」 「ううん、ない。一人でやっていたと思う」 「そのナイスマイルっていう名前を、パスワードに打ち込んだことはありますか?」 「ええ、打ち込んだわ。でも違った」 「じゃあ、今まで打ち込んだ言葉を教えてもらいます?」 「わかった」  桜井さんは、打ち込んだ言葉を教えてくれた。自分の名前や、二人の名前を合わせたものや、好きな映画だと語った禁じられた遊び、好きなバンドの名前。  先輩はそれらをメモしていった。
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