二章 スマホのパスワードは?

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「これで最後になります。春馬さんの元バンドメンバーの名前や住所とかって知ってますか?」 「会いたいの?」 「そうです。会って話を聞いてみたいと思いまして。なにか糸口があるかも知れませんし」 「それなら任せて。会えるように頼んでみるわ。きっとみんな応じてくれると思う」 「ありがとうございます」と先輩は丁寧に言った。「ではお願いしますわ」 「こちらこそお願いするわ。どうかロックを解いて」桜井さんはそう言うと、深々と頭を下げた。  先輩はこくりと頷いた。 「この春馬さんのスマホは、預かっておいてもいいですか? 思いついたら、その場で打ち込んでみたいので」 「ええ、構わないわ」  そのあと、桜井さんはもう一度頭を下げると、部室をあとにした。その背中は弱々しかった。春馬さんのことをあらためて思い出し、しかも説明しなくてはいけなかったため疲弊しているのだろう。いい夢を見られればいいんだけど。  先輩はふうと吐息をつくと、ぐっと伸びをした。ボキッと骨の鳴る音が聞こえる。ぼくと涼ちゃんも、体をほぐした。  さながら運動部のように、ぼくたちは体を動かしていた。  先輩は立ち上がると、デスクに向かい腰を下ろした。そこが一番落ち着くようだった。 「みんな、どう? 疲れたか」先輩は微笑みながら言った。桜井さんがいた時とは違い、口調に真面目さはなくなり砕けていた。 「はい、思ってた以上です」とぼくは答えた。 「私もですね」と涼ちゃんも続けて答えた。 「話を聞きながら、常に頭を動かしてるからやろな。授業にみっちり集中するのと同じようなもんや」  思えば、最初から最後まで気を抜かず、授業を受けた記憶などなかった。どこかで気を抜き、窓の外に目を向けたりしている。小説のネタを考えたり、小説のネタを考えたり、小説のネタを考えたり。  先輩もぼくと似たような授業態度であると予想できた。いや、ぼくよりも酷い可能差もある。  きっと涼ちゃんも、ぼくらと同じようなものだろう。  先輩は机の上に両肘を乗せると、手を組んだ。「話を聞いて、なにか気づいたことはあるか?」 「いえ、なにも……」  ぼくがそう答えると、涼ちゃんも首を振り、 「私もキョウと同じっすね。解んないです」と言った。 「無理もないな。これは少々、面倒になりそうやしな」 「先輩はなにかわかりました?」 「ぜんぜん!」と先輩はぴしゃりと言った。何故か誇らしげに胸を逸らしている。「見ろ! 俺のたくましい大胸筋を!」 「何をつまらないことを言ってるんですか」 「つ、つまらんか……」ぼくの言葉にショックを受けたようで、頭と肩をがっくしと落とした。  関西人につまらないは禁句だったか……。  ぼくは話題を変えようと思い、 「あの数字にはなにか意味があるんでしょうかね」と言った。  先輩はすくっと落としていた頭と肩を上げた。「きっとあるんやろうなあ、まだ解らへんけど」 「あの数字は同じ数が並んでいましたよね。あれっていうのは──」 「ああ、ちょっと待って、メモしたやつを見せるわ」  先輩はスマホを取り出し、素早く両手で操作すると、画面をこちらに向けた。 『11111 9999 00 88 999 33 4444 222 9999 . 1 22』  みっちりと、画面には数字が並んでいる。電球を見つめているように目がチカチカした。  ぼくは言った。「一の羅列がありますけど、それは電話番号みたいに『11111』とすべて独立したものなのか、それとも、一、十、百、千、万といったふうに位で数えるんでしょうか。つまりその1たちは、『一万千百十一』という数字なのか」 「ああ、なるほどな」と先輩は言った。「なら次の数字の9は、『九千九百九十九』っていうわけやな」 「そうです」 「途方もない数字だなぁ」と涼ちゃんは顔を引きつらせて言った。ぼくも同感だった。  でも途方もない数字だろうと、ただ数字が並んでいるだけだとしても、解き方がわからなければどちらも似たようなものだ。違いはない。
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