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「それに、『.』はなんでしょうね」とぼくは言った。「ものによっては『#』だって……」
「なにか意味があるんだろうが、ピリオドとシャープはまったく別物やしな」
「そうですよね……」
涼ちゃんは首を捻らせ、探るように言った。「この数字、奇数とか偶数って関係あるんすかね」
「奇数偶数か……。そういう考え方もできるな」先輩はスマホに目を落とした。「比率でいえば奇数が多いな、なにか意味があるんかなあ。あっ、『0』って奇数偶数どっちなんやろ?」
「確か、偶数って言われてるみたいですよ」とぼくは答えた。
「ふうん、そうなんや」
「数字のあいだにある空白には、意味があるんですかね? これで一つの数字だと、区切るためでしょうか?」
「おそらくな。それ以外の意味は考えられへんし」
「それぞれ数字を足していく、とか考えられますかね?」
「それなら、プラスの記号やらを書いても良さそうやけどな」
「ああ、それもそうか……」とぼくは納得して言った。「なにか解く方式があるんですかね。何かしらの要素と組み合わせたら、数字の意味がわかってくる、みたいな」
「踊る人形みたいに、この数字がなにかの文字を表しているとも考えられるしな」
「でもなんの変哲もない数字ですよ? 数字が踊っていたなら、別だったんでしょうけど……、このピリオドの意味も……」
「そんな難しく考えなくてもいいんじゃないか?」と涼ちゃんは言った。「ラインをしているときに、その画面が重要だって春馬さんはヒントを出したんだろう?」
「でも、それがどういった意味なのかわからないしね」
「そうか……。そう単純じゃないか……」
スマホを見つめていた先輩は、なにかに気がついたのか声を上げた。
「どうしました」とぼくは訊ねた。
「いや、たいしたことではないんかも知れへんけど、この区切られている数字の塊とピリオドを含めたら、全部で十二個あるよな。春馬さんはヒントで、言葉の字数は十二やって言ってたから、関係あるんかなって」
「ああ、そういうことですか。確かにそうかも知れませんね」ぼくは感心して頷いた。
「確定ではないけどな」と先輩は自嘲気味に笑った。「よし、ここで違うアプローチの仕方をしてみるか」
「違うアプローチ? どういうことです」
「自分なら、どんなパスワードにするかっていう観点から考えてみようと思ってな。選択範囲を絞れるかも知れへん」
「ぼくなら、か……」
ぼくは考えを巡らせた。いったいどんな言葉にするだろうか?
最初に思いついたのは、成せばなる、というぼくの好きな言葉だった。でも小っ恥ずかしさが勝ち、好きな曲や、好きな小説の名前がその次に浮かんだ。自分の名前を入れるというのも、躊躇われる。
「ずいぶんと悩んでるようやな」と先輩は言った。
「ええ、まあ。日本語だと特に」
「あれや、キョウはもう『桃山ももじ』でええんちゃう? 好きやん、じぶん?」
「な、なにを言うんですか!」
キツいキツいキツい!
桃山ももじは、ぼくの小説に登場する探偵役で主人公だ。ぼくが恥ずかしがると知って、先輩は言ったに違いない! 今も顔がニヤついているし!
「好きやん? やんやん?」と下衆な先輩は言っている。
ぼくは、おでこにかいた汗を拭った。
「なに、桃山なんとかって?」と涼ちゃんは言った。
「いや、なんでもないんだ。気にしないで」
ぼくは先輩を睨みつけた。先輩は腹が立つほど輝く良い笑顔を浮かべていた。悔しいけど、愛嬌があるんだ。
そんな顔を見ていると、文句も言えなくなってしまった。
ぼくは諦めてため息をつくと、
「先輩なら、どんなパスワードにするんです」と訊いた。かすかに怒りを孕ませながら。
「そうやなあ、これが意外と難しいねんな」先輩は腕を組み、小さな子供のように椅子をガタガタと動かした。「やっぱり、好きなもんの名前になるんかな……」
「やっぱりそうなりますよね」
「パスワードにネガティブな設定はせんしな。数字四桁のパスワードを設定するのに、親の命日とか入れるか? 入れへんよな。入れるんなら自分の誕生日やら、彼氏彼女がいるんなら二人の記念日とかやろ」
「そうですよね」
「通常の話なら、やけどな」と先輩は意味ありげに言った。「涼子ならどうするんや?」
「私ですか? そうすっねえ──」すると、涼ちゃんは顔を赤らめ、へへっと笑った。「例えばですけど、『なになにのこと大好きだよ』みたいな……」
ぼくはすぐさま反応した。
「えっ、涼ちゃん好きな人がいるの!!」これまで出したことのない大きな声で驚いた。目が飛び出しそうだった。
「例えばだって言ってるだろ! 人の話を聞け、キョウ!」
「ああ、例えばか……、そうか……」
「ばか……」涼ちゃんはむすっと頬を膨らました。
「なるほど、なるほど」先輩は妙に納得してしまったみたいで、腕を組み頷いていた。「直接目を見て言えへんから、心の内をパスワードにするってことか。そういうのもありやな、誰かに語りかけるふうっていうのも」
「そうですか?」と涼ちゃんは声を明るくして言った。満更でもないご様子。
「うん、ほんまや。例えば、あの小説おオススメやでぇ、みたいな」
「ツイッターじゃないんですから……」とぼくは言った。
先輩は「確かにな!」と言い、また愛嬌のある輝く笑顔を見せた。
「けれどもまあ、簡単な言葉ではないのは確かやろな」
ぼくはこくりと頷いた。先輩と同様、そう確信めいたものを感じていた。
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