二章 スマホのパスワードは?

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「それに、『.』はなんでしょうね」とぼくは言った。「ものによっては『#』だって……」 「なにか意味があるんだろうが、ピリオドとシャープはまったく別物やしな」 「そうですよね……」  涼ちゃんは首を捻らせ、探るように言った。「この数字、奇数とか偶数って関係あるんすかね」 「奇数偶数か……。そういう考え方もできるな」先輩はスマホに目を落とした。「比率でいえば奇数が多いな、なにか意味があるんかなあ。あっ、『0』って奇数偶数どっちなんやろ?」 「確か、偶数って言われてるみたいですよ」とぼくは答えた。 「ふうん、そうなんや」 「数字のあいだにある空白には、意味があるんですかね? これで一つの数字だと、区切るためでしょうか?」 「おそらくな。それ以外の意味は考えられへんし」 「それぞれ数字を足していく、とか考えられますかね?」 「それなら、プラスの記号やらを書いても良さそうやけどな」 「ああ、それもそうか……」とぼくは納得して言った。「なにか解く方式があるんですかね。何かしらの要素と組み合わせたら、数字の意味がわかってくる、みたいな」 「踊る人形みたいに、この数字がなにかの文字を表しているとも考えられるしな」 「でもなんの変哲もない数字ですよ? 数字が踊っていたなら、別だったんでしょうけど……、このピリオドの意味も……」 「そんな難しく考えなくてもいいんじゃないか?」と涼ちゃんは言った。「ラインをしているときに、その画面が重要だって春馬さんはヒントを出したんだろう?」 「でも、それがどういった意味なのかわからないしね」 「そうか……。そう単純じゃないか……」  スマホを見つめていた先輩は、なにかに気がついたのか声を上げた。 「どうしました」とぼくは訊ねた。 「いや、たいしたことではないんかも知れへんけど、この区切られている数字の塊とピリオドを含めたら、全部で十二個あるよな。春馬さんはヒントで、言葉の字数は十二やって言ってたから、関係あるんかなって」 「ああ、そういうことですか。確かにそうかも知れませんね」ぼくは感心して頷いた。 「確定ではないけどな」と先輩は自嘲気味に笑った。「よし、ここで違うアプローチの仕方をしてみるか」 「違うアプローチ? どういうことです」 「自分なら、どんなパスワードにするかっていう観点から考えてみようと思ってな。選択範囲を絞れるかも知れへん」 「ぼくなら、か……」  ぼくは考えを巡らせた。いったいどんな言葉にするだろうか?   最初に思いついたのは、成せばなる、というぼくの好きな言葉だった。でも小っ恥ずかしさが勝ち、好きな曲や、好きな小説の名前がその次に浮かんだ。自分の名前を入れるというのも、躊躇われる。 「ずいぶんと悩んでるようやな」と先輩は言った。 「ええ、まあ。日本語だと特に」 「あれや、キョウはもう『桃山ももじ』でええんちゃう? 好きやん、じぶん?」 「な、なにを言うんですか!」  キツいキツいキツい!  桃山ももじは、ぼくの小説に登場する探偵役で主人公だ。ぼくが恥ずかしがると知って、先輩は言ったに違いない! 今も顔がニヤついているし! 「好きやん? やんやん?」と下衆な先輩は言っている。  ぼくは、おでこにかいた汗を拭った。 「なに、桃山なんとかって?」と涼ちゃんは言った。 「いや、なんでもないんだ。気にしないで」  ぼくは先輩を睨みつけた。先輩は腹が立つほど輝く良い笑顔を浮かべていた。悔しいけど、愛嬌があるんだ。  そんな顔を見ていると、文句も言えなくなってしまった。  ぼくは諦めてため息をつくと、 「先輩なら、どんなパスワードにするんです」と訊いた。かすかに怒りを孕ませながら。 「そうやなあ、これが意外と難しいねんな」先輩は腕を組み、小さな子供のように椅子をガタガタと動かした。「やっぱり、好きなもんの名前になるんかな……」 「やっぱりそうなりますよね」 「パスワードにネガティブな設定はせんしな。数字四桁のパスワードを設定するのに、親の命日とか入れるか? 入れへんよな。入れるんなら自分の誕生日やら、彼氏彼女がいるんなら二人の記念日とかやろ」 「そうですよね」 「通常の話なら、やけどな」と先輩は意味ありげに言った。「涼子ならどうするんや?」 「私ですか? そうすっねえ──」すると、涼ちゃんは顔を赤らめ、へへっと笑った。「例えばですけど、『なになにのこと大好きだよ』みたいな……」  ぼくはすぐさま反応した。 「えっ、涼ちゃん好きな人がいるの!!」これまで出したことのない大きな声で驚いた。目が飛び出しそうだった。 「例えばだって言ってるだろ! 人の話を聞け、キョウ!」 「ああ、例えばか……、そうか……」 「ばか……」涼ちゃんはむすっと頬を膨らました。 「なるほど、なるほど」先輩は妙に納得してしまったみたいで、腕を組み頷いていた。「直接目を見て言えへんから、心の内をパスワードにするってことか。そういうのもありやな、誰かに語りかけるふうっていうのも」 「そうですか?」と涼ちゃんは声を明るくして言った。満更でもないご様子。 「うん、ほんまや。例えば、あの小説おオススメやでぇ、みたいな」 「ツイッターじゃないんですから……」とぼくは言った。  先輩は「確かにな!」と言い、また愛嬌のある輝く笑顔を見せた。 「けれどもまあ、簡単な言葉ではないのは確かやろな」  ぼくはこくりと頷いた。先輩と同様、そう確信めいたものを感じていた。
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