二章 スマホのパスワードは?

7/13
前へ
/50ページ
次へ
 家に帰ってきて、ぼくたちはそれぞれの部屋に入った。カバンを机に置き、部屋着に着替えようとしていると、ポケットに入っているスマホに着信があった。  確認してみると、ぼくを担当してくれている編集者の谷山(たにやま)さんだった。  三作目のプロットの進捗状況を訊かれ、予定日に間に合いそうかと訊かれ、学校にはもう慣れたかと訊かれ、おじさんには高校時代なんて遠い昔のように感じるよと言われた。  大半は世間話であった。環境が変わったぼくに、気を使ってくれているんだろう。ぼくはそれが嬉しくて、ついいつもより口数多く話してしまった。  谷山さんと通話を終え、三十分ほど経ったあと、叔母さんにご飯よと呼ばれた。ぼくは部屋を出た。  すでに叔父さんと涼ちゃんは席についていた。  ぼくが席につくと、涼ちゃんは言った。 「なあ、キョウ。今ホームズを読んでるんだけどさ」 「おお、ホームズを!」 「うん、読んでんだよ。でも、ホームズって、あんな可笑しな奴だったんだな。言動がエキセントリックっていうか、変人っていうか」 「そう、そうなんだよ! 暇だからといって拳銃をぶっ放つしね! 友人のワトソンが結婚するっていうのに、祝福の言葉も贈らないし。でも、男気あって、何事に動じないタフさもあるんだよ。それがもうかっこよくてね〜」  涼ちゃんは目を細めくすりと笑った。「キョウはほんと、ホームズが好きなんだな。ひしひしと伝わってくるよ」 「ごめん、ウザかったかな」 「そんなことねえよ」と涼ちゃんはまた笑った。  ぼくはほっとした。同時に嬉しくもあった。僕の好きなものを受け入れてくれて、話をしてくれて、聞いてくれて。  すると、ぼくたちを見ながら、叔母さん楽しそうに笑った。 「なに笑ってるんだよ、母さん」と涼ちゃんは言った。 「いや、ね。仲良くしてるなあって思ってねー」叔母さんは、アスパラとベーコンの炒めものを器によそいながら言った。とてもいい匂いがして、ぼくのお腹はかすかに反応した。 「別にそんなこと……」 「昨日も、居間でテレビ見ながら楽しそうに話してたし。部活も一緒のところに入ったみたいだしね〜」 「お母さんの言う通りだ」とそこで寡黙な叔父さんが言った。「喧嘩するよりも幾分もいいことだ」 「そうよね〜、ふふ」  叔母さんと叔父さんは、お互いの顔を見ながら微笑んだ。二人の方が、よほど楽しそうだった。  そう言うと、叔母さんは照れもせず、まだまだ若者には負けないわと言った。  素敵な夫婦だとぼくは思った。  涼ちゃんは恥ずかしそうにしていたけど。  頂きますを言い、箸をとりご飯を食べだす。 「ああ、そういえばキョウはあの映画持ってるんだっけ」と涼ちゃんはお米を飲み込むと言った。 「あれって?」 「ほら、禁じられた遊びだったっけ」 「うん、持ってるよ」 「そうか、それなら──」  涼ちゃんが言い終える前に、叔父さんが驚いたように言った。「キョウくん、禁じられた遊びを知ってるのか?」 「え、ええ、はい。知ってます」  寡黙な叔父さんが、涼ちゃんの話を遮ってまで積極的に話しかけてくれるのが、嬉しくもあり驚きでもあった。涼ちゃんは顔をしかめ、叔父さんを見ている。 「しかもDVDを持ってるって?」 「はい、そうです」 「おお、そうかあ」叔父さんはにっこりと笑った。「いい趣味をしてるな。おじさんもその映画大好きなんだよ。久しぶりに観たいな、また貸してもらってもいいかな?」 「ええ、もちろんです」 「ありがとう。キョウくんも映画好きなのか?」 「大好きですね。叔父さんもですか?」 「ああ。職場では映画好きがいなくて、寂しい思いをしていてね」と叔父さんは笑いながら言った。  涼ちゃんは苛立った様子で頬を掻いている。言葉を遮られたからご立腹なのだろうか。それともお父さんを独占しやがってと、ぼくに嫉妬の情念でも燃やしているのか。 「キョウくん、好きな監督は?」 「──えっ、好きな監督ですか」涼ちゃんに気を取られ、反応に遅れてしまった。「好きな監督か……。難しいですけど、ぼくはセルジオ・レオーネの作品が好きですかね」 「荒野の用心棒とか夕陽のガンマンの監督か。いい趣味をしてるね」 「叔父さんは?」 「そうだなぁ」  叔父さんは箸を置き、腕を組み考えた。  そこで涼ちゃんは不機嫌な顔をして、 「そんなつまらない話、ご飯のときにしないで」と言った。  ぼくと叔父さんは子犬のようにしゅんとし、はいと言った。  涼ちゃんはこんなに厳しい人だったっけ? 旦那を尻にひいてしまうタイプで間違いないだろうけど。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加