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ぼくの二作目の小説は、良くも悪くもない普通の作品になった。クラスメイトからの批判を聞き、いや、読者の意見を聞き、すっかり縮こまってしまったのだ。気がつかないうちに、無難な作品として仕上がっていた。
でも、下手に尖ったものを書けば、それを受け入れてもらえなかったときの評価は酷いものになる。この作者はダメだと、一作目、二作目と買ってくれた人にも、買われなくなってしまうかも知れない。
難しいところではあった。無難に仕上げても、いいことはないし。担当の谷山さんもこう言っていた。若い作者なら、もっと試行錯誤して足掻くべきだと。
試行錯誤、か……。
それを踏まえ、夕食を食べたあと三作目のプロットを部屋で練っていると、扉がノックされた。
「はい」とぼくは返事をした。
「あの、私だけど。涼子」と扉からくぐもった声が聞こえる。「入ってもいいか?」
ぼくはパソンコを閉じながら言った。「うん、いいよ」
涼ちゃんは扉を開け、お邪魔しますと言いながらおずおずと入ってきた。興味深そうに、部屋をぐるりと見渡している。
壁に貼ってある、モヒカンのロバート・デ・ニーロのポスターに、視線が向かった。
「これ、なんだ? 映画のポスター?」
「そう、タクシードライバーっていう映画の」
「ふうん、そうか。キョウは映画が好きなんだな。父さんの楽しそうに話してたし」
「ごめんね、ご飯時に」
「あ、いや、違う違う!」と涼ちゃんは慌てた様子で言った。「あれはちょっと虫の居所が悪かっただけで、キョウに怒ったわけじゃないんだよ。こっちこそごめん」
「そうなんだ。それなら良かったよ」とぼくはほっとして言った。「それでどうしたの?」
「いやさあ、その禁じられた遊びっていう、映画のブルーレイ持ってんだよな。見せてくれないかなって思ってさ」
「いいよ。興味湧いたんだ」
「愛のロマンスっていう曲も気になるしな」
「うん、わかった」
ぼくはベットの下から、ブルーレイが入っている透明のボックスを取り出した。蓋を開け、禁じられた遊びを出すと、涼ちゃんに差し出した。
涼ちゃんはありがとうと言うと受け取った。「な、なあ、良ければでいいんだけどさ、こ、ここで見ていってもいいか……? 私の部屋に機材がないんだよ。居間では父さんがいるしさ、横で語られてもウザイし」
「全然いいよ。ぼくも久しぶりに見ようかな」とぼくは言った。「語らないからいいかな?」
涼ちゃんは表情を明るくさせた。「お、おう! 全然いいぞ!」
「ありがとう」
プロットに行き詰まっていたところだから、ちょうどいい気分転換になるかも知れない。またミシェルとポーレットに会おう。
映画を見始め、あっという間に一時間半が過ぎ、映画は終わった。
犬のために、お墓を綺麗に飾りたいと思ったポーレットは、死というものや信仰を理解していないがゆえに、ミッシェルにお願いする。ミシェルはポーレットのために、教会の十字架に手をつけようとした。
でもその場面を神父さんに見られ、ミシェルは逃げ出し失敗に終わった。なんとかして十字架を手に入れたいミシェルは、今度は墓地から盗み出す。
ある日、ミシェルの家族が墓参りに出かけると、墓地が荒らされていることに愕然とする。ことある事に隣人といがみ合っていたミシェルの父は、隣人の仕業だと思い込み、取っ組み合いの喧嘩をする。
そこへ神父さんがやってきて、犯人はミシェルだと告げる。教会の十字架を盗もうとしたことがある、と。
ミシェルはたちまち逃げ出し、綺麗に飾ってある墓場を、見つかる前にんとかポーレットに見てもらおうと思う。
だが次の日、警察がやってくる。墓荒らしの件かと思いきや、両親を失ったポーレットを孤児院に連れていこうとやってきたのだ。
それを知ったミシェルは、十字架の場所を教えるからポーレットを連れていかないでくれと、父にお願いする。しかし父は約束したにも関わらず、書類にサインし、ポーレットを連れて行かせてしまった。
怒ったミシェルは、十字架を川に捨ててしまう。その時、車が去る音がした。ポーレットは、連れていかれてしまったのだ。
ポーレットは人々で溢れかえる駅に連れて来られ、修道女に名前が書かれたプレートを首に下げられる。修道女が離れると、どこかからか、『ミシェル』と呼ぶ声が聞こえた。
ミシェルが近くにいる。ポーレットは涙を流し、ミシェルの名前を叫びながら、声がした方に向かった。だが、そこにいたのは知らない人だった。ミシェルはいなかった。
ポーレットは、ママとミシェルの名前を泣き叫びながら走り出し、人混みのなかに消えていくのだった。
映画を見終えた涼ちゃんは、表情を曇らせていた。二人のことを憂いているようだった。
「こういう映画なんだな……」
「寂しい終わり方でしょう」
「そうだな。愛のロマンスっていう曲も、この映画に合ってるよ。クラシック・ギターの音色が……」
「反戦映画を見ていつも気づくのが、傷つくのは子供や若者たちなんだよね。否応なく、突然の嵐にさらわれてしまう。ぼくたちは戦争を知らないけど、フィルムで知ることができる。所詮は映画って言われてしまうかも知れないけど」
「そんなこと、私はないと思うけどな」と涼ちゃんは慰めるように言った。「フィルムだろうがなんだろうが、知ることが大事だと思うし」
「ふふ、ありがとう」
「他の映画も、たまに見に来ていいか?」
「もちろんいいよ。好きなジャンルを言ってくれれば、おすすめもするし」
「本当か! なら、ドンパチ激しいアクション映画がいいかなあ」
ドンパチ激しい、か。なら『男たちの挽歌』がいいかも知れない。超有名ではあるけど、『ザ・ロック』や『ダイ・ハード』とか。
涼ちゃんは言った。「でも、ホラー系だけはやめてくれよ……」
なるほど、じゃあ次は、『エクソシスト』あたりいってみようかな……。いや、『ミザリー』も捨て難いしなぁ。
悪い笑みを浮かべているぼくを見て、涼ちゃんは怪訝そうにしていた。まだぼくの思惑には気づいていないらしい。
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