二章 スマホのパスワードは?

13/13
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
 それから数日がたった。あいにく情報がないままだった。  桜井さんに秋里さんのことを訊ねてみると、ご存知だった。  でも、そこまで仲が良かったとは知らなかった。というのも、春馬さんから何度か秋里さんの話が出てきたらしいのだが、あまりに熱心に語るものだから、桜井さんはふくれてしまった。すると、秋里さんのことは話さなくなったのだ。  そんなこともあり、秋里さんのことをすっかり忘れていたのである。  先輩は、少しでも情報を得られないかと当てにしていたみたいで、肩をがっくしと落としていた。ぼくはなんの根拠もなく先輩を励ましたけど、あまり効果はなかった。  秋里さんの名前や、春は去りの三人の名前をパスワードに入力してみたけど、駄目みたいだった。  授業中、頭を振り絞り、先生の読み上げる英文をそっちのけでパスワードのことに集中していたけど、なに一つ思いつかなかった。  歯がゆい。一つだけでもいい。これだと思える閃きがあれば、今後の創作活動にも自信が持てる気がする。なんの閃きもない自分に苛立ちを覚えた。  授業が終わり、ぼくと涼ちゃんは部室に向かった。  階段を上がっているお、涼ちゃんは言った。 「薬師寺さん、最近元気がねえなぁ」 「そうだね、心配だよ。いつもはうるさいくらいなのに……」 「お、お前けっこう酷いこというな」 「これは褒め言葉だよ。そんな先輩が好きだもの」  涼ちゃんはくすりと笑った。「大胆な告白だな」 「先輩の前では言えないけどね。恥ずかしいし、きっと調子にも乗るし」 「やっぱ酷いなあ」と涼ちゃんは笑った。  部室に入ると、いつもみたいに先輩が先にいた。でも、ぐったりと椅子に腰かけ、口をぽかんと開けている。涼ちゃんが言っていたように元気がないのだ。  ぼくは机にカバンを置くと、見かねて言った。 「先輩、本格ミステリーについて語ってくださいよ」  すると先輩は目をかっと見開いた。  体を力強く起こし、にたりと笑った。どうやら覚醒したようである。どうやら扱いが簡単なようである。  涼ちゃんは顔を綻ばせた。 「しょうがないなーほんまキョウは〜」 「すいません」 「じゃあそうやな〜。なに話したろかなー、涼子もいるからあまりにマニアックなのはあかんやろしー。どうしよぉ、やっぱ話さんとこかなっ」  ぼくは少々いらいらしていた。元気を取り戻して良かったけど、それを代償に面倒くさくなってしまった。 「うそうそ、そんな悲しそうな顔すんなって! じゃあ今日はヴァン・ダインについてはなそ──ん?」  その時、二度ノックがあった。先輩は言葉を切り、扉に目をやった。二度ということは、依頼人ではないだろうし、お客さまだろうか? 「はい、どうぞ」と先輩は返事をした。  部屋に入ってきたのは、他校の制服を来た女子生徒だった。  健康的な褐色な肌をし、髪はショート。目がくりくりとして童顔だからか、ぼくよりも年下に見える。 「どちらさんで?」と先輩は訝しげな顔を浮かべ言った。 「初めまして、新田花恋(かれん)と申します。新田秋里の妹です」  先輩は口をぽかりと開けた。本当に待ち望んでいた人が来て、虚をつかれたらしい。 「妹さん……、ほんとうに……?」  花恋さんは力強く頷いた。「本当です」  真剣な目を見ていたらわかる。嘘偽りではない。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!