一章 探偵部、おかしな先輩

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 入学式では、やはり校長先生が長々と喋り、大多数のものが欠伸を噛み殺していた。大人になったら、ぼくらも校長の話のありがたみが解るのだろうか?  教室に帰ってくると、初めに先生が自己紹介して、そのあとぼくたちが自己紹介をした。  こういう時に、その人の持つセンスが問われるのだ。笑いを取ろうとするのか、異性を意識した喋り方をするのか、趣味のことを大いに話し、自分を知ってもらおうとするのか。  ぼくにはそんなセンスはない。無難に済ますだけだった。名を名乗り、趣味を紹介し、お願いしますと言うだけ。つまるところゼロ点の自己紹介。  次は涼ちゃんの番だった。振り返ってみると、涼ちゃんは仏頂面を浮かべ、つんけんどんに喋っていた。  きっとみんなはヤンキーだと思ったはずだ。そんなことはないのに……。  涼ちゃんの自己紹介が終わり、次の人が話し始めたけど、ぼくは違うことを考えていた。  創作の世界でも、初めの自己紹介というのは重要視され、丁寧に書かれている印象がある。どうやって読者の心を掴もうかって。  涼宮ハルヒの憂鬱でも、ヒロインのぶっ飛んだ自己紹介から、物語が動き出す。  ぼくなら、どのようにして物語を動かしていくだろう。  考えを巡らせてみるけど、使えそうなネタは浮かばなかった。唯一思いついたのが、不良が粋がった自己紹介をし、あとから怖い先輩たちからタコ殴りにされるという内容だった。  こんなものはボツだ。コメディものなら有りかも知れないけど──いや、やっぱなしだ。  でも一応、なにかの要素と織り交ぜれば使えるかも知れないと思い、スマホにメモを取っておくことにした。今はスマホを使えないけど、『粋がった自己紹介をしてボコられる不良』とあとで書いておこう。  知らぬまに全員の自己紹介が終わり、先生がプリントを配っていた。  そのプリントには部活の紹介が書かれていた。  先生は言った。「部活の見学は明日から始まる。一年のあいだは、どこかの部活に入らなければならないから、よくよく見学しておいてくれ」  一年のあいだは強制。  それを聞いた明るめの髪色をした男子は、えーっと講義の声をもらし、それに続いて幾人かが不満をもらしていた。  ぼくもその気持ちだった。  ため息をついて、とりあえずプリントに目を落としてみる。 「んっ?」と思わず声をもらし、顔を近づけた。  サッカー部、軽音部、野球部と共に並んでいる、とある部活に目が止まった。 『探偵部』と書かれた部活なるものがあったのだ。  探偵部? なんだ、これは?  紹介文には、 『探偵や探偵小説などの造詣を深め、お困りの依頼人が謎を持ってこられれば、それを解決する部活動です』  と書かれていた。  ぼくは口元を緩めた。  とんでもない部活があったものだ。変わった部活内容もさることながら、それを解決すると断言してしまっている。  迷宮入りはないということだろうか? そもそも依頼人なんて現れるのか……。  少し、この部活が気になっていた。ぼくはミステリ小説──とりわけ、本格ミステリーが大好きなのだ。  謎と書かれれば、自然と興味をそそられる。探偵も大好物だった。  ホームズにクイーンにマーロウ、金田一耕助、神津京介、それに御手洗潔!  最高の探偵たちだ。ぼくの大切な人たち。  この探偵部に所属している人は、きっと本格ミステリーファンで間違いないだろうけど、やはり気が引けてしまう。ぼくが加入したところで力になれないだろうし、上手く喋れず場を悪くしてしまうかも知れない。  それにぼくには小説を書く時間がほしかった。  どこか幽霊部員ができる緩い部活があればいいけど……。  ぼくはプリントを折りたたみ、カバンにしまった。  ホームルームが終わり、ぼくたちは下校することになった。  涼ちゃんは同じ中学の友達に会いに別のクラスに行き、帰りはぼく一人だった。  下駄箱で靴に履き替え、玄関を出て歩いていると、校門に立っている男子生徒がいた。身長は百七十センチのぼくよりも高く、目は栗のように大きかった。長めの髪を後ろへ流し、おでこを見せている。  二年生だろうか。なにかのビラを配り、良かったら見学に来てと言っている。部活の勧誘かな。  受け取る人もいるけど、断る人が大多数だった。それでもその人は食い下がることなく、「そんなこと言わんと頼むわ〜」とお願いしていた。どうやら関西出身の人らしく、関西弁だった。 「いや、ほんまに面白い部活やねん。ほんまやで? あ、嘘やと思ってるやろーじぶんー。あかんでそんなこと思ったら。めちゃくちゃ面白いんやから。──えっ、サッカー部に入る? ふざんけんなっ、サッカーなんてクソ喰らえじゃ!」  突然の剣幕に、サッカー部希望の生徒は駆け足で逃げ出した。関西弁の先輩は手を伸ばし、「うそっ、今のうそやから! なあ、戻ってきて! 実は俺もサッカー好きやねん。一番好きなチームはユベントスやけど、選手ではムバッペが一番好きやねん! なあ聞いてるぅ!」と呼んでいたが、聞く耳はなかった。  当然といえば当然だった。  ぼくもできるだけ避けたいけど、エンカウントすることは間違いなかった。腹をくくろう。  それでも顔を合わせないように視線を逸らし、努力して歩いていたけど、 「そこのきみ!」とやはり声をかけられてしまった。  ぼくは足を止めた。「なんですか」 「一緒に部活しやんか? ほら、ここにどんな部活か書いてあるから」 「はあ……」  ぼくはビラを受け取った。ぼくが絡まれているあいだに、他の生徒はグングンと進んでいき、安全に脱出していた。ほっとした顔をして、ぼくの方に顔を向けると、哀れみの眼差しを送った。  ビラに目を向けてみると、それは探偵部の紹介だった。つまりこの関西弁の生徒は、探偵部に所属しているのだ。  書かれてあるのは、先生からもらったプリントとたいして内容は変わらなかった。  興味がない振りをしようと思ったけど、目を惹くものがあった。 「踊る人形……」と思わず呟いた。  下の方に、旗を持った棒人間や、片足を上げた棒人間が描かれていた。  “踊る人形”である。  『シャーロック・ホームズの帰還』の一編である、『踊る人形』で使われた棒人間だ。この棒人間は、作中では秘密の暗号となっていた。  これに描かれてある踊る人形を解けば、なにかメッセージがあるんだろうか? 「おっ、もしかして踊る人形知ってんの?」  ぼくははっとした。付け入る隙を与えてしまった。今更知りませんとも言えず、 「知ってます……」と答えた。 「そうか、そうか! それは嬉しいな、同志に会えるとは」  先輩はくしゃくしゃな笑顔をして、白い歯を見せた。まったく汚れのない、赤ん坊のような笑顔。そんな顔を見せられたら、悪い気はしなかった。 「そうかそうか、踊る人形を知ってるか〜。ホームズいいよなあ」 「そ、そうですね」 「ちなみに、一番なんの話が好きなん?」 「黄色い顔、ですかね」 「黄色い顔な、あれいいよな! 俺も好きやわ。最後のホームズのセリフがかっこええねんな、これが。『耳元で、ノーバリと囁いてくれたまえ』ってな」 「確かにかっこいいです」 「あんなセリフ吐いてみたいもんやで」と先輩はうっとりして言った。「ああ、良かったら探偵部に見学に来てよ。もっとこんな話しよ」  ホームズに酔っていると思ったけど、ちゃっかり勧誘はしてくるみたいだ。そのまま立ち去ろうと思ったけど、そう甘くはないらしい。 「わかりました。見学させてもらいます」 「待ってんで!」  先輩はぼくの肩をバシッと叩いた。ぼくは会釈をして、歩き出した。  まあ、探偵部とやらに興味がないわけでもないし、見学くらいなら。明日にでも行こうかな。  後ろから聞こえてくる、先輩の熱い勧誘に耳を傾けながら、校門を出ていった。
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