三章 ハルとアキ

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 それから私たちは自分の曲作りに没頭した。会えない日も、朝も昼も夜もまさしく夢中になった。  曲は私とハルでつくり、詩はおもにハルが描いた。まだ人に披露したことはないが、客の盛り上がりようが容易に予想できた。それだけ手応えがあった。  そして行き詰まった時は、ハルは愛のロマンスを弾いた。私は弾けないので、目を閉じ音色に耳を傾けた。  私たちの名前はシンプルに、『はるあき。』と決まった。シンプルがゆえに覚えてもらいやすいだろう。  曲つくりに没頭したあとは、たまにウォリックに行き酒を飲んだ。  特別な許可をもらい、曲を演奏することもあった。客層にあわせて年代を選び歌った。あの禿げたおっさんもいたが、盛大な拍手をくれた。あの時は悪かたなと、謝ってくれた。私とハルは顔を見合わせ笑った。とてもいい気分だった。  ライブハウスにぜんぜん訪れなくなったものだから、知り合いから連絡がきた。私は当分はいけそうにないことを告げた。だが、また必ず現れると。とんでもないものを見せてやる、と。 「楽しみだな」  とハルは言った。  私も同じ気持ちだった。  このところ、とても気分がいい。こんなのは初めてであった。酒の力を借りなくとも眠ることができた。  しかし、そろそろだ。そろそろ、病気のことをハルに告げなければならない。そう思うと、胸が痛み言い出せなかった。  しばらくして、私たちはとうとう初ライブを行うことになった。  その一週間前、最終調整のために路上に出て演奏してみることにした。  初めの数分はまったく足が止まらなかったが、徐々に徐々に、人が集まり出した。私らの存在に気づき始めた。  結果は上々だった。最終調整のため、色々と探りながらやっていたにも関わらず、おおいに盛り上がった。  やれる。  私たちはそう感じた。  帰り道、私たちは熱が冷めやらず興奮して話していた。修正したほうがいいとこ、もっとここは動きを加えようとか、もう少し抑え気味でいこうとか。  私はそこで、病気のことを話そうと思った。ベストなタイミングなのかはわからないが、今しか言えない気がした。これを逃してしまえば、機会は失われてしまう。  私は深呼吸して、言った。 「なあ、ハル」 「なんだ?」 「お前に話さなくちゃいけないことがあるんだ」 「話さなくちゃいけないこと? なんだ、それ」 「驚かないで聞いてほしい……」 「あ、ああ……」  私の様子に、ハルは神妙な顔つきになった。路上ライブでの興奮は失われていた。  もう一度、私は深呼吸した。 「──実は、俺、病気なんだよ」 「病気? 本当に?」 「ああ……」 「お、重いのか……?」  ハルは静かな声で訊いた。私は意を決した。 「あと二年らしい」  ハルは声も出さず、目を大きく開けその場に立ち止まった。  言葉が失われているようだった。  突然の告白。嘘をつかれていると思われても仕方がない。だが私の言葉に嘘がないことを、ハルも知っているはずだ。ハルだから、わかるではずだ。私たちの絆は他の誰よりも深い。 「正確にいえば、あと一年半ほどかな……」 「ほ、本当かよ──」 「嘘なんかじゃないんだ。俺も信じられないんだけどな」  私は自嘲気味に笑った。ハルは一切笑えなさそうだった。悲しそうに顔を歪め、「うそだろ……」と呟いている。 「俺らが出会う前から、その病気のことは知っていたんだよな──」 「ああ。ハルに介抱された夜、俺は苦しみから逃れるために酒を飲んで酔ってたんだ」  ハルはそれを聞くと、悔しそうに目をぎゅっと瞑った。 「ああ、くそう……」  ハル両目を覆うように左手を当てた。唇は震え、下唇を噛んだ。  私は申し訳なり、下を向いた。 「すまないな……」 「ばか、お前が謝ることなんて、なに一つねえよ……」 「でも、ごめん。これからだってのに」 「そうだけど、そうじゃねえんだよぉ……」  ハルは声を震わし、鼻を啜った。  涙を流していた。俺のために、ぼろぽろと幾つも大粒の涙を流した。  私はかける言葉も見つからず、立ち尽くしていた。  自分のこの病気に、ハルを悲しませてしまったことに、この憤りを誰にぶつければいいのかということに、私は拳を握った。きつくきつく握った。  気がつけば、私も涙を流していた。  どうすれば、いいんだろうか。  私はどうすればいいんだろうか。  救いはないんだろうか。  ハルにどう謝ればいいんだろうか。  この殺したい病気は、どうやったら癒されるのか。  私は悟った。ずっとずっと前から、知っていたことではないか。  答えなんてものはないんだ。  せめて、せめて──満足できる死に方さえできれば……。
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