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それから私たちは自分の曲作りに没頭した。会えない日も、朝も昼も夜もまさしく夢中になった。
曲は私とハルでつくり、詩はおもにハルが描いた。まだ人に披露したことはないが、客の盛り上がりようが容易に予想できた。それだけ手応えがあった。
そして行き詰まった時は、ハルは愛のロマンスを弾いた。私は弾けないので、目を閉じ音色に耳を傾けた。
私たちの名前はシンプルに、『はるあき。』と決まった。シンプルがゆえに覚えてもらいやすいだろう。
曲つくりに没頭したあとは、たまにウォリックに行き酒を飲んだ。
特別な許可をもらい、曲を演奏することもあった。客層にあわせて年代を選び歌った。あの禿げたおっさんもいたが、盛大な拍手をくれた。あの時は悪かたなと、謝ってくれた。私とハルは顔を見合わせ笑った。とてもいい気分だった。
ライブハウスにぜんぜん訪れなくなったものだから、知り合いから連絡がきた。私は当分はいけそうにないことを告げた。だが、また必ず現れると。とんでもないものを見せてやる、と。
「楽しみだな」
とハルは言った。
私も同じ気持ちだった。
このところ、とても気分がいい。こんなのは初めてであった。酒の力を借りなくとも眠ることができた。
しかし、そろそろだ。そろそろ、病気のことをハルに告げなければならない。そう思うと、胸が痛み言い出せなかった。
しばらくして、私たちはとうとう初ライブを行うことになった。
その一週間前、最終調整のために路上に出て演奏してみることにした。
初めの数分はまったく足が止まらなかったが、徐々に徐々に、人が集まり出した。私らの存在に気づき始めた。
結果は上々だった。最終調整のため、色々と探りながらやっていたにも関わらず、おおいに盛り上がった。
やれる。
私たちはそう感じた。
帰り道、私たちは熱が冷めやらず興奮して話していた。修正したほうがいいとこ、もっとここは動きを加えようとか、もう少し抑え気味でいこうとか。
私はそこで、病気のことを話そうと思った。ベストなタイミングなのかはわからないが、今しか言えない気がした。これを逃してしまえば、機会は失われてしまう。
私は深呼吸して、言った。
「なあ、ハル」
「なんだ?」
「お前に話さなくちゃいけないことがあるんだ」
「話さなくちゃいけないこと? なんだ、それ」
「驚かないで聞いてほしい……」
「あ、ああ……」
私の様子に、ハルは神妙な顔つきになった。路上ライブでの興奮は失われていた。
もう一度、私は深呼吸した。
「──実は、俺、病気なんだよ」
「病気? 本当に?」
「ああ……」
「お、重いのか……?」
ハルは静かな声で訊いた。私は意を決した。
「あと二年らしい」
ハルは声も出さず、目を大きく開けその場に立ち止まった。
言葉が失われているようだった。
突然の告白。嘘をつかれていると思われても仕方がない。だが私の言葉に嘘がないことを、ハルも知っているはずだ。ハルだから、わかるではずだ。私たちの絆は他の誰よりも深い。
「正確にいえば、あと一年半ほどかな……」
「ほ、本当かよ──」
「嘘なんかじゃないんだ。俺も信じられないんだけどな」
私は自嘲気味に笑った。ハルは一切笑えなさそうだった。悲しそうに顔を歪め、「うそだろ……」と呟いている。
「俺らが出会う前から、その病気のことは知っていたんだよな──」
「ああ。ハルに介抱された夜、俺は苦しみから逃れるために酒を飲んで酔ってたんだ」
ハルはそれを聞くと、悔しそうに目をぎゅっと瞑った。
「ああ、くそう……」
ハル両目を覆うように左手を当てた。唇は震え、下唇を噛んだ。
私は申し訳なり、下を向いた。
「すまないな……」
「ばか、お前が謝ることなんて、なに一つねえよ……」
「でも、ごめん。これからだってのに」
「そうだけど、そうじゃねえんだよぉ……」
ハルは声を震わし、鼻を啜った。
涙を流していた。俺のために、ぼろぽろと幾つも大粒の涙を流した。
私はかける言葉も見つからず、立ち尽くしていた。
自分のこの病気に、ハルを悲しませてしまったことに、この憤りを誰にぶつければいいのかということに、私は拳を握った。きつくきつく握った。
気がつけば、私も涙を流していた。
どうすれば、いいんだろうか。
私はどうすればいいんだろうか。
救いはないんだろうか。
ハルにどう謝ればいいんだろうか。
この殺したい病気は、どうやったら癒されるのか。
私は悟った。ずっとずっと前から、知っていたことではないか。
答えなんてものはないんだ。
せめて、せめて──満足できる死に方さえできれば……。
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