三章 ハルとアキ

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「警察から話を聞けたわ」  僕らが部室にやってくるなり、先輩はそう言った。デスクの椅子に座り、天井を見つめている。  本当に警察から情報を聞き出すとは。  ぼくと涼ちゃんはお互いの顔を見合わせたあと、椅子に座った。 「それでどうだったんです」とぼくは訊いた。 「今から話すわ」先輩は座りなおすと、こちらに顔を向けた。「秋里さんを見つけたのは、話していた通り花恋さんと母親やった。秋里さんが残した物語でも書いてあったように、朝と夜にはメールを送っていた。けどその日、夜の六時になってもメールがなかった。秋里さんの誕生日やったし、家で食事をしようってことになっていたのに、一向に現れる気配がなかった。そこで、花恋さんの部活が終えて迎えに行ったついでに、アパートへ寄った。時刻は六時十五分。  鍵は置いており、二人は中へ入った。電気はついておらず、クーラーもかかっていないのか中はむっとしていた。  その時、暗闇に浮く人影を認めた。二人は驚きながらも、電気をつけた。そこには首を吊った秋里さんがいた。二人は悲鳴を上げた。花恋さんは兄に近寄ろうとしたが、母親は止めた。現場保存が大事であると知っていたんや。そして警察を呼んだ。  死亡時刻は、十時半から十一時前後と思われる。冷房は朝頃からつけていなかったらしい。  部屋の間取りは、秋里さんが残した文章と同じやな。入って左側にキッチンがあって、部屋の真ん中にはテーブル。右奥の角にテレビ。窓は向かって正面にある。  テーブルには、少量のコーヒーが入ったマグカップがあった。キッチン側の手前ではなく、奥側に位置している。窓側というかな。座ると、テレビに背を向ける形になるな。死ぬ間際にコーヒーを飲んだらしい。  縄が垂れてた位置は、そのコーヒーの隣あった。コーヒーを飲み、すぐ横に垂らしてある縄で首を吊った。机には遺書があった。  部屋はとても綺麗にしてあった。自殺するにあたって掃除したらしい。ゴミも片付けてあったし、流し台もピカピカやった。自殺するせめてもの配慮というやつやな。  ああ、それと、徹夜明けで眠っていた隣人は、お昼頃、ギターの音が聞こえてきて起きたらしい。秋里さんの部屋からやな。でもギターの音色がいい心地で、そのままぐっすり眠った。時刻にしたら十時半くらいか。  警察から聞いたのは、こんなところや」 「なるほど……」とぼくは感心して言った。「あしらわれず、詳しく教えてくれたんですね」 「当たり前やん」と先輩は誇らしく胸をそらせた。「見ろ、この大胸──」先輩はそこで言葉を切り、ごほんと咳をした。以前、ぼくにつまらないと言われたことを思い出したのだろう。  涼ちゃんは長いため息をついた。「最後にギターを弾いたんだ、秋里さん」 「そうだね……」とぼくは言った。 「やっぱり音楽が好きだったんだな」 「うん……」  ぼくは胸を押さえた。錯覚かも知れないけど、痛みを感じた。  暗い部屋で、ギターを弾く秋里を想像した。秋里さんの顔も体格も知らないのに。  ああ、そうだ──ぼくたちはそんなことも知らないんだった……。  ぼくはもっと強く胸を押さえた。 「どうしたんだ、キョウ? 体調悪いのか」 「いや、平気だよ。ごめんね」ぼくは胸から腕を離し、笑って見せた。  それでも、涼ちゃんは心配そうにぼくを見ていた。  先輩は腕を組み、口をすぼめて頭を巡らせていた。なにか、解ったのだろうか? 先輩にうんうんと悩んでいる様子はなく、むしろその答えがあっているのか、確かめているようだった。  すると吐息をつき、 「今から、バーに行くか」と言った。 「バーですか?」 「ほら、秋里さんと春馬さんがよく行ってたウォリックてとこ。スマホで調べてみたら、ここから近いねん」 「そこで話を聞こうってわけですけね」 「そう。まあ、有益なものを得られるかはわからんけどな。とりあえず行ってみようや」  ぼくと涼ちゃんは頷いた。
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