一章 探偵部、おかしな先輩

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「どうだったー入学式。あなたたち、同じクラスになったんだってね。どう、先生はいい人そう?」  叔母さん(つまり涼ちゃんのお母さん)はトンカツを運んでくると、そう言った。笑みを絶やさず、楽しそうにしている。叔母さんいつでも笑顔を忘れない人だった。 「はい、感じのいい人そうでした」とぼくも釣られて笑い、答えた。  隣に座っている涼ちゃんは、まあ普通じゃないと素っ気なく言っている。実の親子だからできる対応だ。  向かい側に座っている叔父さんは、テレビを見ながら頷いていた。テレビの内容に共感しているのか、それともぼくらの話に頷いているのだろうか。  叔父さんはとても寡黙な方で、お喋りでうるさいぼくのお父さんとは正反対だった。休日には、必ずNHKの特番を見ていそうなイメージだ。勝手なイメージだけど。  窓の外を見てみると、数十分前まではまだ明るかったのに、すっかり暗くなっていた。トンカツのジューシーな匂いが鼻腔をくすぐる。  叔母さんが椅子に座ると、ぼくたちは手を合わせ頂きますと言った。  トンカツの衣はサクサクして、肉はとても柔らかく、口の中で肉汁が溢れた。ぼくは頬を緩め、美味しいと呟いた。  それを聞いた叔母さんは、ありがとうねと言い、照れたように笑っている。ぼくもなんだか、照れくさかった。  涼ちゃんはぱくぱくと口に含みながら、そんなぼくたちを面白くなさそうに見ていた。 「どうしたの涼子?」と叔母さんは言った。「ぶちゃいくな顔をしてるけど」 「ぶちゃいくは余計だよ……」と涼ちゃんは睨みながら言った。  そんなやり取りにくすりと笑っていると、涼ちゃんは口をすぼめぼくを見た。  またぶちゃいくだと言われてしまうよ。と言いたかったけど、ぼくにはできない。 「ああ、キョウくん」と叔母さんが言った。「荷物はもう片付いた?」 「はい、なんとか。まだ細かいものは残っていますけど、あらかたは」 「そう、それなら良かった」叔母さんはトンカツを頬張り、それを飲み込むと、「でも、大変ね。突然、お父さんが海外出張だなんて。お母さんもそれについて行かなければならないし」 「でも、一番大変なのは親だと思うんで。異国に行って、仕事もしなくちゃいけないし」 「そう思えるキョウくんは偉いわ。なにか困ったことがあったら言ってね」 「ありがとうございます」 「ねえ、お父さん」 「その通りだ」叔父さんはぼくを見つめ、こくりと頷いた。 「ご迷惑をおかけします」 「もう、そんな固いことを言わないで」と叔母さんは悲しそうに言った。「でも、本当になにか嫌なことがあったら言ってね。ご覧の通り涼子はガサツだから」 「もう、何言ってんだよ母さん!」 「いや、涼ちゃんはそんなことないですよ」とぼくは言った。「ぼくに気を使ってくれているみたいですし」  涼ちゃんははっとしてぼくを見た。とても驚いているようだった。 「キョウは私のこと、わかってるみたいだな……」  ぼくは笑った。「ありがとう」  涼ちゃんは赤い顔をしてそっぽを向くと、ご飯を食べ出した。 「でも、涼子はけっこう、ガサツだと思うんだけどな〜」  と叔母さんは諦めることなく言っていた。今度ばかりは涼ちゃんも呆れて反応しなかった。  部屋に戻ってくると、三作目のプロットを考える前に、踊る人形の暗号を解こうと思った。  椅子に座り、カバンの中から四つ折りにしたビラを取り出した。踊っている人形を見ていると、くすりとなぜか、笑みが浮かんだ。  流石に、一つ一つの人形の意味を覚えていないので、ぼくはスマホを取り出し、検索をかけてみることにした。  すると踊る人形の解き方が載ったサイトを発見し、暗号を解くことができた。 『君も名探偵になろう。有り触れた学園生活に、意味を持たせようじゃないか』  そう読み解くことができた。  有り触れた学園生活に、意味を持たせる。この文言にぼくの胸はチクリと傷んだ。意味があれば、確かに素敵なことだと思う。 「名探偵になろう、か……」  ぼくは背もたれに体重を預け、ビラを高く上げ眺めた。電灯で上半分は白く輝き、大半の文字が読めなくなったけど、人形たちだけはくっきりと読むことができた。まるで僕に主張しているかのようだ。 「意味を持たせる……」とぼくはまた呟いた。  このビラはあの関西弁の人が作ったのだろうか。  少々強引だったけど、ホームズの話をしていた時は、本当に楽しそうで、湖のような澄んだ瞳をしていた。  先輩は、誰の小説が好きなんだろうか。やはりコナン・ドイルやエラリー・クイーンなどを好むのだろうか。  ぼくは本棚にある、御手洗響という作家の本を見つめた。
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