一章 探偵部、おかしな先輩

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 部室から出ると、階段の近くの柱に涼ちゃんが隠れていた。顔だけを出し、こちらを覗いている。  なにをしているんだろう。スパイごっこをするには歳を取りすぎているし、そんなお茶目なところが涼ちゃんにあるとは思えなかった。 「なにやってんの?」  声をかけると、涼ちゃんは慌てて顔を引っ込めた。  柱から深呼吸が聞こえてきたかと思うと、なにごともなかったかのように、済ました顔をして出てきた。 「ああ、キョウ。見学は終わったのか」 「そうだけど──」  そこでなにをしていたの、と訊けば怒られてしまいそうなので、ぼくはぐっと言葉を飲み込んだ。 「なら一緒に帰ろうか」と涼ちゃんは言った。 「う、うん」 「ほら、早く行くぞ」  涼ちゃんが階段を下りだし、ぼくも慌てて横についた。  カツン、カツンと、ぼくたちの足音だけがあたりに響いている。  ぼくは言った。「涼ちゃんもこの時間まで残ってたってことは、見学にいってたの?」 「ん……ああ、まあそんなとこだよ」 「いいところあった?」 「別に。お前は、探偵部に入んのか」  ぼくは少し考え、 「たぶん」と答えた。「他に入りたいのもないし、先輩はおかしな人だけど、悪い人じゃなさそうだし」 「そうか。キョウは昔から、推理小説が好きだったしなぁ」 「涼ちゃんはどうするの?」 「私は、そうだな……」  涼ちゃんは考え出し、沈黙が流れた。  階段が終わり、廊下を歩いていく。  あたりにぼくら以外、生徒の影はなかった。マンガの展開だと、あたりが急に暗くなり、人払いの魔法によりぼくたちは否応なく、敵と戦はなければならなくなるのだろう。宿敵の魔法使いと──  ぼくは笑みを噛み殺した。  馬鹿な妄想はやめておこう。こういったマンガも好きだけど、やっぱ少し恥ずかしい。  窓の外を見てみると、グランドで運動部が若い汗を流していた。妄想家のぼくとは大きな違いだ。  下駄箱で靴を履き替えていると、涼ちゃんは意を決したように言った。 「なあ、その探偵部の先輩っていうのは女なのか?」 「違うけど」 「そうか。そうなのか、ならいいんだ」  涼ちゃんの顔を覗きみると、ほんのり赤かった。眉根を寄せ、口を一文字に結んでいる。見後な仏頂面。  けど、頬は赤いのだ。  そんな横顔を見ていると、ふいに可愛いなって思った。  もちろん、こんなことを言えるはずがない。ビンタをもらうかも知れないし、そんなセリフが似合う男でもなければ、恥じらいもなく言える経験もない。 「なあに私の顔を見て黙りこくってんだ」と涼ちゃんは言った。 「え、いや、なんでも。ただ、なんで頬が赤いのかなあって思ってさ……」  すると涼ちゃんの頬は、お酒が入っているように、もっと赤くなった。  怒り出すかと思ったけど、涼ちゃんはか弱く顔をうつむかせた。 「夕陽のせいだよ……」  と、涼ちゃんは小さな声で、使いふるされたセリフを言った。  可愛いな……。  でもやっぱり、ぼくには言えなかった。
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