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部室から出ると、階段の近くの柱に涼ちゃんが隠れていた。顔だけを出し、こちらを覗いている。
なにをしているんだろう。スパイごっこをするには歳を取りすぎているし、そんなお茶目なところが涼ちゃんにあるとは思えなかった。
「なにやってんの?」
声をかけると、涼ちゃんは慌てて顔を引っ込めた。
柱から深呼吸が聞こえてきたかと思うと、なにごともなかったかのように、済ました顔をして出てきた。
「ああ、キョウ。見学は終わったのか」
「そうだけど──」
そこでなにをしていたの、と訊けば怒られてしまいそうなので、ぼくはぐっと言葉を飲み込んだ。
「なら一緒に帰ろうか」と涼ちゃんは言った。
「う、うん」
「ほら、早く行くぞ」
涼ちゃんが階段を下りだし、ぼくも慌てて横についた。
カツン、カツンと、ぼくたちの足音だけがあたりに響いている。
ぼくは言った。「涼ちゃんもこの時間まで残ってたってことは、見学にいってたの?」
「ん……ああ、まあそんなとこだよ」
「いいところあった?」
「別に。お前は、探偵部に入んのか」
ぼくは少し考え、
「たぶん」と答えた。「他に入りたいのもないし、先輩はおかしな人だけど、悪い人じゃなさそうだし」
「そうか。キョウは昔から、推理小説が好きだったしなぁ」
「涼ちゃんはどうするの?」
「私は、そうだな……」
涼ちゃんは考え出し、沈黙が流れた。
階段が終わり、廊下を歩いていく。
あたりにぼくら以外、生徒の影はなかった。マンガの展開だと、あたりが急に暗くなり、人払いの魔法によりぼくたちは否応なく、敵と戦はなければならなくなるのだろう。宿敵の魔法使いと──
ぼくは笑みを噛み殺した。
馬鹿な妄想はやめておこう。こういったマンガも好きだけど、やっぱ少し恥ずかしい。
窓の外を見てみると、グランドで運動部が若い汗を流していた。妄想家のぼくとは大きな違いだ。
下駄箱で靴を履き替えていると、涼ちゃんは意を決したように言った。
「なあ、その探偵部の先輩っていうのは女なのか?」
「違うけど」
「そうか。そうなのか、ならいいんだ」
涼ちゃんの顔を覗きみると、ほんのり赤かった。眉根を寄せ、口を一文字に結んでいる。見後な仏頂面。
けど、頬は赤いのだ。
そんな横顔を見ていると、ふいに可愛いなって思った。
もちろん、こんなことを言えるはずがない。ビンタをもらうかも知れないし、そんなセリフが似合う男でもなければ、恥じらいもなく言える経験もない。
「なあに私の顔を見て黙りこくってんだ」と涼ちゃんは言った。
「え、いや、なんでも。ただ、なんで頬が赤いのかなあって思ってさ……」
すると涼ちゃんの頬は、お酒が入っているように、もっと赤くなった。
怒り出すかと思ったけど、涼ちゃんはか弱く顔をうつむかせた。
「夕陽のせいだよ……」
と、涼ちゃんは小さな声で、使いふるされたセリフを言った。
可愛いな……。
でもやっぱり、ぼくには言えなかった。
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