一章 探偵部、おかしな先輩

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一章 探偵部、おかしな先輩

 さくらの季節がやってきて、ピンクの花びらはふわふわと風に舞い、日の光にあわく輝き、テレビでは春の歌が流れている。  出会いと、そして別れの物語が、お茶の間を優しく包み込んでいる。  ぼくは高校生になった。身体的変化はないけど、なんだか心は少し成長した気がする。  もちろん、気がするだけ。  成長なんてひとつもしていない。時計の針は今もチクタク進んでいるのに、ぼくはその場で足踏みもすることなく、座り込んでしまっている。  なんとか受験を乗り切り、同じ中学の出身者がいない学校に入学することができた。ぼくはほっとした。  受かったという喜びよりも、誰もぼくを知らない場所にいけるのが、大きな喜びだった。  それが、成長していないという証明なんだ。  今日は入学式で、ぼくも含めて新しい制服を着た生徒達が沢山歩いていた。  緊張した表情を浮かべている人、うきうきとしている人、いつもよりも気分上々に友達とだべっている人。  ぼくはどんな表情をしているのだろうか。  足を止め、小さな公園に咲いている大きな桜の木を見上げた。淡いピンクはとても綺麗で、新たな生活を祝福してくれるように見えるのは、ぼくの勝手な考えだろうか。  ふと頭に過ぎった。新しい小説のネタになりそうなアイデアが浮かんだ。  男の子が大きな大きなさくらを見上げていると、女の子とぶつかるのだ。女の子は転び、カバンに入っていたものが外に飛び出してしまう。お互いにごめんなさいと神経質に謝りながら、男の子と女の子は荷物を集めていき──  そこまで考えたところで、ぼくはないなと思った。有り触れた入り方であるし、有り触れた物語になりそうだ。なによりその先の物語が思い浮かばなかった。  そういえば、ケツメイシの『さくら』のMVも、そんなストーリーだったような。 「おい、早く行くぞ」  可愛いらしい声が聞こえ、肩をバシッと叩かれた。ぼくは痛っと声をもらし、肩をさすりながら、うんと答えた。  肩を叩いた涼(りょう)ちゃんは手に持ったカバンを肩に持っていき、グングンと進んで行く。  彼女の名前は、原田(はらだ)涼子(りょうこ)。ぼくの父の弟の娘、つまりいとこだった。原田という名字も歳も同じで、今年から同じ高校に通う。  さらさらとして、キューティクルが輝く黒髪は肩まで伸ばし、身長は百七十ほどあるぼくと同じだった。  今も肩にカバンを持っていき、遠慮のない歩き方をして、スカートは心なしか長いけど、けっしてヤンキーの類ではない。  表情は硬く、男口調で、勝気ではあるけど……。ぼくよりも強そうで、女の子にしては身長があるけど……、違うんだ。声は甘く、氷細工のように透き通っているし。  涼ちゃんの横につくと、 「なあ、キョウ」と呼びかけられた。  ぼくは顔を向けた。涼ちゃんは照れたように視線を落としていた。 「どうしたの?」 「いやあ、なんだかこうして二人で歩くのって、久しぶりだあって思ってよ」 「ああ、確かに……。十年も前になるんじゃない、二人で歩くのなんて」 「そうだろうなあ」と涼ちゃんはしみじみと言った。  思えば、あの頃が懐かしい。  男の子だから女の子だからという恥じらいも芽生えてなかった頃は、よく遊んだ。けど、成長すると共にそんな感情も生まれ、高学年に上がった頃には、もう遊ぶこともなくなった。  もともと学校も違ったし、会うのはお正月の一年に一回になっていた。最近はあまり話すこともなかった。記憶に新しい会話は、どこの学校に進学するのか、という受験生らしい会話だった。  でも高校に上がって、学校も同じになり、ぼくが居候させてもらうようになったから、毎日顔を合わせることになった。おはようから、おやすみまで。  涼ちゃんは嫌だろうけども。  いとこといえど同年の男が家に居座られたら、迷惑なはずである。 「学校では、なんて呼んだらいいかな」とぼくは訊いた。 「どういうことだ?」 「ほら、涼ちゃんって呼ばれるのは、恥ずかしいかなって思ってさ」 「ま、まあな……。でも他に呼び方もないだろう、名字で呼ぶのもおかしいし」  涼ちゃんの言う通り、原田さんと呼ぶのは不自然だ。  では、涼子さんと? それもやっぱりいとこ同士なのにおかしい。  涼ちゃんは腕を組み、首を捻りながら言った。「んんー、まあいつも通りでいいよ。違う呼び方しても、キョウのことだから、どうせ涼ちゃんって言ってしまうだう? あとで涼ちゃん呼びされるのがバレる方が、よっぽど恥ずかしい」 「それもそうか」とぼくは頷いた。「じゃあ、あらためてよろしくね、涼ちゃん」 「はいよ」と涼ちゃんは笑みを浮かべ、素っ気なく言った。  桜は風でカサカサと音を立て揺れた。ぼくらの目の前に、花びらがヒラヒラと舞った。ぼくたちの前途を、花道にして祝してくれているのだろうか?  校門をくぐり玄関先に進んでいくと、人だかりがあった。みなボードに張り出されたクラス分けのプリントを見ている。楽しそうに指をさしたり、笑顔で「また一緒になれたな」と友達と話していた。  ぼくたちも張り紙に近づき、それぞれのクラスを確認した。  一年一組……名前なし。  二組……、も名前なし。  では、三組は?  あ行から視線を下へ滑らせていき、とうとうぼく名前の『原田響(きょう)』を見つけた。  三組か。どんな人がいるんだろうと考えていると、ぼくの名前の下に見慣れた名前があることに気づいた。 『原田涼子』  そう書かれていた。まさか同姓同名がいるわけではないだろうし。  涼ちゃんは張り紙を指差し、あっと声をもらした。涼ちゃんも発見したらしい。 「どうやら、同じみたいだね」とぼくは言った。  涼ちゃんは首を捻り、こちらに向いた。驚いたように目を大きくしていた。「そうらしいな……」 「よろしくね」 「お、おう」涼ちゃんは目を逸らし、素っ気なく言った。少し頬が赤くなっていた。照れているのだろうか? それとも怒っているんだろか? 「とりあえず、中に入ろうか。他の人の邪魔になるし」 「まあ、そうだな」  ぼくたちは扉を開け、下駄箱に向かった。  涼ちゃんは靴を脱ぎながら、 「なあ、私と一緒になって嫌か?」と言った。 「え、どうして? そんなことないけど」 「それならいいんだけどよ」 「涼ちゃんは嫌なの?」 「そんなことねえよ」と涼ちゃんはきっぱりと言った。靴を下駄箱に入れ、蓋を閉める。妙に力がこもっていた。 「なら良かったよ」とぼくは言った。「でもやっぱり、学校で涼ちゃんって呼ぶのはちょっと恥ずかしいね」  涼ちゃんはふふっと笑った。「私もだよ」
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