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新幹線は空いていた。
窓の外で雪を被った富士山が通り過ぎていく。
私は隆さんのことを思い出していた。
笑顔の隆さん。
私たちは結婚して、隆さんの実家に住んでいた。
佐藤家。蜜柑農家の古い家。
その居間で、隆さんが微笑んでいる。
思い出す。
あれは最後の時間だった。
私たちが過ごした最後の時間。
いいよ、とも、だめだ、とも言わなかった。
隆さん。
ただ微笑んでいた。
別れ話を切り出した私に対して。
当時の私には、それが優柔不断に見えた。
いいとも悪いとも言わずに、ただ曖昧に微笑んで自分の責任を回避する。
そこがあなたの駄目なところなのよ、と、私は思った。
これまでも、そしてこれからも、この人はいつまでたっても白黒つけずにのらりくらりと曖昧にどっちつかずの一生を生きていくのだろうと思うと、もううんざりだ、と。そう思った。
あなたの曖昧に微笑むその態度を優しいという人もいるのかも知れない。
でもそれは違う。
あなたのその態度は優しさなんかじゃない。
それはあなたの責任の回避であり、あなたがそうして曖昧にした責任を、結局は最後に誰かが尻拭いすることになるのよ。
ここにこうして別れを切り出している私に対しても、あなたはその曖昧な微笑みで対処しようとする。
それは優しさなんかじゃない。責任逃れだ。
あなたはここで今私に対してこうしているように、これからもずっと一生その態度を続けていくのでしょう。
いいわ。わかった。
あなたの代わりに私が結論を下す。
もううんざりよ。
別れましょう。
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