自縄自縛

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 当時の私。  若かった。  今にして思うんだけれど。  六十三になった今にして。  遅過ぎね。笑。  我ながら遅過ぎ。  他人と他人が一緒になるということ。  他人と他人が暮らしを共にするということ。  それは容易なことではない。  他人同士がわかり合うということ。  それは奇跡だ。  生まれも育ちも考え方も性別も違う他人をわかるということ。  まずもって私は断言する。  そんなことができる訳がない。  人はそこを勘違いしている。わかり合えるものだと思い込んでいる。  そしていざ一緒になってわかり合えないことがわかると、失望するのだ。  なんでこうなるのよ。なんで私のことがわからないのよ。私のことがわからないあなたなんて、信じられない。  そんなふうに失望する。盛大に失望する。  それが私だった。  当時の私。  私は世間知らずだった。そして我儘だった。  私は正しい。あなたが間違っている。私のことをわからないあなたが。  そう信じていた。  私はエネルギーに満ち溢れていて、自分から溢れ出てくる生命力を絶対的に正しいと思い込んでいた。  生命力という名の自我。自我という名の我儘。我儘に溢れていた、当時の私。  私は正しい。私とわかり合えないあなたが間違っている。  だけど。  それは間違いだった。私が間違っていた。私の方が正しくなかった。  その証拠に。  今の私を見ればいい。  あれから誰ともわかり合うことができずに、一人でいる今の私を。  わかり合えないことが普通になり、わかり合おうと思うことすら無くなった今の私を。  孤独。  慣れ過ぎてしまった孤独。  持て余すことすらなくなった孤独。  掠れて、朽ちていく。  孤独。
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