自縄自縛

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 隆さん。  隆さんが最後の人だった。  今にして思えば。  私と向き合ってくれた、最後の人。  私とわかり合おうとしてくれた、最後の人。  隆さんの微笑み。  曖昧な微笑み。  そうやって曖昧にすることで責任を回避している、と当時の私は思っていた。  でもそうじゃなかったのではないか。  曖昧にするしかなかったのではないか。  隆さんが思うところや感じるところは別にあって、でもそれを言うと私を否定してしまう。妻である私を否定してしまう。  だから曖昧にしていたのではないか。  だから態度を曖昧にして、微笑んでいたのではないか。  隆さんは、ただ微笑んでいたのではないか。  微笑んでいるしかなかったのではないか。  当時の私はその姿をいくじなしだと思った。  しかしそうではなくて、あれが隆さんの優しさだったのではないか。  隆さんの微笑み。  私はその隆さんの姿を思い出して、よかったと思った。  隆さんの最後の姿が、怒っていたり嘆いていたりする姿でなくて。  よかった。  と。  私。  こんなふうに思えるようになった。  成長したものだ。自分で言うのもなんだが。  いや違う。成長ではなくて、枯れたということなのかもしれない。  人はこんなふうに枯れていく。  我儘を失っていく。  自我を失っていく。  生命力を失っていく。
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