自縄自縛

8/11
26人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 「お布団もね、ちゃんとあるだに。黴臭いかもしれんけえが」  そう言いながら幸江さんは布団を敷いた。確かに、少し黴臭かった。  でもいい。私たちは川の字になった。隆さんが奥にいて、幸江さんが真ん中。そして私。  「真弓さん」パジャマに着替えて、石油ストーブの火を消そうとして、幸江さんが言った。  「何?」  「この家は処分しようと思ってるだに。住む人もいないもんで。蜜柑の山も、この家も、全部」  「うん」  「それでさ、何か持って行きたいものあるかいねえ。何かあったら持ってってくれていいだけえが」  「ううん。無いよ。何も無い」  「そうじゃんねえ。無いよねえ。何十年も前に別れた旦那の実家から持ってくものなんてねえ」  「形見もいらないし、財産もいらない。私にそんな権利無いし」  「大丈夫大丈夫。財産は無いだに。山だって売れるかどうかわかりゃあせんし、この家だって解体費用で赤字になるくらいだにきっと」  「幸江さんはどうしているの?」  「私? 私はアパート。一人暮らし。気楽なもんだに」  「そうなんだ。仕事は?」  「農協。まだ農協にいるだに。職場結婚バツイチでちょっと気まずいかんじだけえが」  「ここには戻らないの?」  「うん。戻らない。何か押しつぶされそうじゃん。このおっきな農家に。代々蜜柑農家だもんでさあ、寝たらきっと祖父ちゃんとか夢に出てきてさあ、幸江~蜜柑やらんといかんに~蜜柑だに~、とかさあ、絶対言ってくるに。やだやだやだ。あとそれからさあ、地震来るじゃん。80%以上来るとか言うじゃん。東海大地震。ここにいたら死ぬに。屋根に瓦これだけ載ってりゃさあ、それこそ押しつぶされて即死だに。やだやだやだ」  「そうね。それは危険。アパートがいいかもね」  「真弓さんは?」  それから私は自分の境遇を話した。お布団の中で。川の字になって。  隆さんと別れて佐藤家を出た後、東京に戻ったこと。出戻りで体裁が悪くて八王子の実家には戻れなかったこと。東京で会社に勤めて、三年前に定年退職したこと。  幸江さんはうんうんと頷き、わかるわかると言ってくれた。  「あ」と突然幸江さんが言った。  「見せたいものがあるだけえが」  奥に行った幸江さんが、多分隆さんの部屋から持ってきたもの。  それは煎餅の缶箱だった。  緑色で草加せんべいと書かれている。  「昨日兄ちゃんの部屋で見つけただけえが」言いながら箱を差し出す。  私は箱を手渡された。  開けるのか?  開けろというのか?  私に?  戸惑った。  小さい頃読んでもらった昔話のワンシーンが、私の頭の中でリフレインした。  玉手箱を開ける。煙が出る。お爺さんになってしまう。  パカッ。  間抜けな音がして、箱が開いた。幸江さんが開けたのだ。  そこには。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!