26人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
朝起きて、私はまだ布団の中にいた。
夢を見ていた。でも思い出せない。何の夢だったか。
カーテンの隙間から光が差し込んでいる。外は晴れているのだろう。
なんとなくうとうとしていると、枕もとのスマホが何か音を出してブルッと震えた。買い替えたばかりで使い方がよくわからない。画面が点いている。何かメッセージが来たらしい。
手を伸ばしてクリックしてみる。
「真弓さんでしょうか?」とそのメッセージの主は書いていた。
そうだ。私は真弓だ。
「幸江です」と文字が続く。
幸江。はて?
「佐藤隆の妹の」
おお。
懐かしい。
佐藤隆。
元旦那。
私の元旦那。
「隆が亡くなりました」幸江さんはそう書いていた。
亡くなったんだ。
隆さん。
私はスマホから手を放して、もう一度掛け布団の中に入った。
寒かった。もう三月だというのに。
エアコンをつけなきゃ、と思った。でもエアコンのリモコンまでが遠い。
隆さんが亡くなった。
隆さん。
何年ぶりだろう。その名前を聞くのは。
私は今六十三。離婚したのは三十六の時だから、かれこれ、ええと、二十七年ぶりか。
私は天井を眺めながら指折り年数を計算し、そしてそれから隆さんのことを思った。
思い出したのは居間にいる隆さんだった。日当たりのいい和室。何かジャンパーのようなものを着込んで、座布団の上に胡坐をかいて座っている。丸い肩。猫背。髪が薄くなっている。下膨れの白い顔。
そして隆さんは微笑んでいる。
ああよかった、と思った。
久しぶりに思い出した隆さんの顔が、微笑んでいたから。
最初のコメントを投稿しよう!