貴女への恋文

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貴女への恋文

拝啓、 花の様な貴女様へ。 この手紙が貴女様に届く頃、私は今どこで何をしていると貴女様はお思いになるでしょうか。終わった暗黒の時代に歓びの歓声を上げているでしょうか。若しくは断頭台の上かもしれないし、運が良ければ貴女様の元に迎えに行けているかもしれません。もしくはもうどこかの地獄の隅で震えているということも考えられましょうか。どちらにしろ、私のことを考えている貴女様の失笑にも似た微笑みを、私は容易に思い浮かべることができます。(なんならいますぐこの手紙に描いてみせましょう!私は一瞬だけでは御座いますが、絵を描いて生計を立てようと夢見たことがあったのです。) どんな無様な私であれ、貴女様が私のことをほんの一時でも考えてくださるなんて嗚呼、それだけで天にも昇るような暖かな気持ちになるでしょう!。 少し、与太話をしすぎてしまいました。ええ、此度貴女様に手紙を出したのは貴女への愛の告白であると同時に懺悔の告白でもあるのです。貴女様のお父上への、感謝と懺悔であり、私の覚悟です。どうかお目汚しでは有りますが読んでくださいまし。 貴女のお父上と私がお会いしたのはとある 戦場の駐屯地でありました。 あの頃の戦いと蔓延った権力の荒廃は酷いもので、民達の多くの怪我人が運び込まれ、加えて腐った遺体が呼んだ伝染病まで蔓延したものでしたから正に阿鼻叫喚の大地獄でありました。 恥ずかしくもかつての私もそれに苦しむ兵士の一員でありまして、隣に伏した友が昨日死んだことにすら気付かないほどに多くの命が消えたのです。 貴女のお父上は軍医として派遣されたのでしょう。とても腕のいいお医者様でした。 意識が朦朧としてあまり多くのことを覚えてはいませんが、あの場所で1秒後には息絶えていたはずの私が今こうして文をしたためる事ができるのは、間違いなく貴女様のお父上のおかげです。 紛うことなき、彼は私の命の恩人です。 貴女様のお父上が処刑されてしまったのは、私のせいです。 貴女様のお父上は、あまりにも正しすぎるお方でした。あまりにも優しすぎて、愚かで、まさに聖人と呼ぶにふさわしいお方でありました。 彼はかつての一兵卒の死にかけの私と、腹をやられた高貴なお方を天秤にかけて私を助けることを選んだのです。権力に目もくれず、地位に屈せず、命の平等と使命を見据えた高潔なお方でありました。 彼の使命は、狂った高貴なお方の逆鱗に触れました。 彼の死を私が知ったのは、傷が癒えて随分経った後でした。 貴女様が憎むのは戦争を辞めないこの狂った国でしょうか。 この高貴なお方でしょうか。 はたまた遠き地に待つひとり娘を置き去りにして己の正義を貫き通した父ですらあるでしょうか。 どうか私を呪ってください。 見当違いであると聡明な貴女様なら仰るのでありましょうが、それでも貴女様はどうか命の恩人を見捨てたこの私を呪ってください。 ここまで話せば貴女様はきっと察してるのでしょう。確かに貴女様とお会いしたのは、罪滅ぼしでした。 命の恩人を結果的でありながら見捨ててしまった私は、せめてその形見を放っておくことはできないというとんちんかんな罪悪感を持っていました。 .......そんなことよりも、お父上との関係を黙っていたことをきっと貴女様は躙るのでしょうね。 そして貴女様と出会い、私は貴女様がお父上と同じく誰よりも優しく、不正を許さず、悪を憎む方であることを知りました。 最初は冷たくあしらいながらも結局は根負けて、外に待つ私に暖かいお茶を出してくれた貴女様はとても優しいお方だと知りました。 5回目の会瀬の時、初めて見せてくれたその花のような微笑が、何よりも可愛らしいお方だと知りました。 10回目の会瀬の時、貴女様に拒絶された時、貴女様が捨て身の復讐を心に宿し始めていることを知りました。 私が貴女様を無理矢理にでも止めたのは、それが達成されるにしろ、されないにしろ、行き着く先が破滅だと知っていたからです。 復讐が呼ぶ復讐の先には悲劇しかないことを私は予見したからです。 正義を貫くには貴女様はあまりにも可憐ずきる。 私の怪我と貴女様のお父上を結果的に死に追いやる原因のあの戦いが無意味だったと知り、革命を決意した時、私はそれを心の底から痛感しました。 貴女様のお父上と貴女様を犠牲にしてまでも、この国の革命に価値はありません。それは、私達の役目です。 復讐は身を焦がす炎であり、己を奮い立たせる芯でもある諸刃の刃です。 貴女様に似合うのは無骨な武器ではなく、暖かな花であると私は確信しています。 私の刃はこの狂った国の喉元に届くまでに至りました、ここまで長かった。 貴女様のお父上の死をきっかけにこの国を変えようと、.......いえ、そんな高尚なものではありませんね。終わらせようと決意したあの日から。少なくとも、この命に違えてても私はこの国を明日終わらせてみせましょう。 その暁にはどうか、どうか私の命の終わりか、この国の終わりをもって貴女様の復讐は終えて頂きたい。そしてどうか、私の事も忘れて頂きたい。 どうか生きてください。 少なくとも、今よりも希望に満ち溢れた未来は愛すべき民達と貴女様のためにあるのだから。 .......もし明日が終わって、それでも私の心臓が動いているという奇跡があるのならその時は私が貴女様のおそばに居ることを今度こそお許しください。 たとえ地獄の底であろうとも貴女様のことを心の底からお慕い申し上げています。 まだ寒い日が続きます、風邪に気をつけて。 嗚呼、いつまでもお元気で! 敬具
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