The Moon is Beautiful

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「月が綺麗ですねぇ」  ナツはたまに謎の知性を発揮する。あのナツがこのフレーズを知っているとは……。  ショッピングに行ってカラオケで歌ってゲーセンでUFOキャッチャーに一喜一憂した、その帰り。満月に見守られながら、私たちは一方通行の薄暗い道を二人並んで歩いていた。 「死んでもいいわ」 「え、ダメ。てか何いきなり」 「あれ……?」  定番の返しまでは知らなかったらしい。ダメってあんた。 「わたしは月の話をしてるんだけど。日本語分かる?」 「う、うーんと……」  なぜか私への説教が始まった。しかも妙に当たりが強い。 「会話の流れおかしかったよね? ちゃんと文脈読んで?」  一学期末試験で現国赤点を取ってきた奴に文脈読んでとか言われたくない。というかナツ、さては「月が綺麗ですね」自体知らないな? 「……あのね、ナツ」 「発言を許可した覚えはない! 発言したいときは手を挙げるように!」  制限された覚えもないが、面倒なのでとりあえず挙手する。 「はい、さーこくん!」  裁判官か何かなのかね君は。 「『月が綺麗ですね』っていうのは、"I love you"なんだよ」 「……もしかしてわたし、バカにされてる? それが間違ってることくらい、わたしにだって分かるよ?」  むしろ今からバカにするんだよ。英語がギリギリ赤点じゃなかったのは知ってるけどさ。 「いや、だから、そういうふうに"I love you"を訳した文学者がいたの。『あなたを愛しています』じゃ味気ないからって」 「あー、いるよねそういう……英語ができないからってそれっぽい訳とか書いて点数取ろうとする人」  おい夏目さんに謝れお前! お前のボロボロのテストとはわけが違うんだよ! 高二にもなってbeautifulも書けないお前とは! 「わたしはそういうことはしないよ。分からないときは『分からない』って正直に書くからね!」  それは採点の迷惑だからやめなさい。大人しく空欄にしておきなさい。先生にも言われてたでしょうこの間。 「まあ……ナツに文学を理解する心がないってことだけはよく分かった」 「分かればよろしい!」  たぶんこいつは今何を言われたか分かっていない。バカにしたんだぞ、今。 「てことは何、ナツはただ月の綺麗さを伝えたかっただけ?」 「そうだよ、最初からそう言ってんじゃん」 「いやまあ綺麗だけどさ……」  これがリテラシーか。いや、まさか私が悪いのかこれ? 「なにさぁ、月に文句があるってーのかい」  私が文句を言いたいのはナツだけだよ! 「うん、オーケー、綺麗だね」 「でしょ〜?」  何であんたはさも自分の手柄かのような声を出してるんだ。 「月の光には、不思議な力があるんだって。昔おばあちゃんが教えてくれた」  文脈はナツがいちばん読まない。 「狼男って知ってる?」 「知ってる知ってる」  主に某眼鏡少年が主役の某魔法ファンタジーとかで。 「満月の光を浴びると人間になれるんだって」 「逆ね」  ほぼオオカミじゃないかそれじゃあ。そういうのもアリかもしれないけども。 「あとはねー……」 「……」 「……忘れた!」  狼男を覚えていただけでもナツとしては上々だろう。ナツの高らかな笑い声が、住宅街に木霊した。  ……まあ、でも。月の光に不思議な力があるというのは、案外本当かもしれない。  隣を歩くナツの月明かりに照らされた横顔が、普段はアホっぽいとしか思わないのに、何だかいつもよりずっと美しく、眩しく見えたから。 「ホント……綺麗だね、月」 「それさっきわたしが言ったよー? さーこボケた?」 「……」  次に遊ぶときは絶対タピオカミルクティーを奢らせると決めた。  
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