第1章 喪に服す期間

4/11
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
「Hi!Mr.アルフォード。ご機嫌いかが?」 今日の挨拶もいつも通りにスルーされることも、カラは想定内だ。 「私がここに通うようになって一週間が過ぎたわ。何かあなたの中で心境の変化はあったかしら?」 敬語も勝手に取っ払い、親しげに話すカラにアルフォードは眉を顰めたが、それを咎めはしなかった。 「ないね。入ってくるな。用はない」 「そうみたいね。ところで、出会った日のこと覚えている?」 「私は覚えているわ。すっごく不愉快だったから。それはもうセンセーショナルにね」 「で、あの日にあなたを心の中で殺したの。むかっ腹が立ったから思わず刺しちゃったのよ。ごめんあそばせ」 「それで、この一週間は殊勝にも喪に服していた訳。あなたに合わせてどんより深く重苦しい気分を十分に味わったわ」 「ようやく喪が開けたから、これからは私らしく快活にお仕事させていただくわね」 彼は苛立たし気に片眉を上げた。 「私と散歩に行きましょう。せっかく立派な車椅子なんだもの。それにお庭もバリアフリーに舗装されているわ」 「嫌だね」 「あら?なぜ?これ以上気分を重くする必要はないでしょ?まだ足りないの?」 「散歩する意味なんかない」 「あら?死人に意味なんて求めてないわ。私にとって意味があるのよ。今度はあなたが私を慰める番よ」 「意味が分からないね。それに俺はまだ死んでない」 「あら?そうなの?生きながらにして死んでるじゃない。同じでしょ。少なくとも私にとっては同じよ。あなたが死んでいようが、いまいが悼む気持ちは変わらないわよ。一週間あなたと過ごしても哀しみと嘆きしかなかったもの」 「行きたいなら一人で行け。俺は行かない」 「ああ、それこそ無意味。私はあなたの慰めを求めているのよ。これが単なる嫌がらせにせよ、本心にせよ、あなたは行く以外にないの。お解り?」 腰に手を当て、彼の鼻先で人差し指を嫌味ったらしく振った。そして、後ろに回り込むや、傲慢に車椅子を押したのだ。 「そんなに悪い話じゃないわ。自分が死んだときの疑似体験と思えばいいのよ。霊魂があったとした場合のね」 「喪に服す一年というのは、死者を悼む為だけにあるのではないのよ。残された者が慰められる為にもあるの」 アルフォードは不機嫌を顔に貼り付け、黙したままだ。 「大切な人を失っても、前を向ける強さはいずれ得られるわ。必ず笑える日は来る。なぜだと思う?」 やはり、アルフォードは黙したままだ。 単に答えを考えているのか、無視を決め込んだのか、それはわからない。 それでもカラは話すだけだ。 独りよがりの会話でも、カラはやるべきことを為すと決めたのだ。 「それはね。死者が生者を慰めているからよ。傍に寄り添い、ずっと宥め続けるの。『頑張れ、あなたなら大丈夫』ってね」 「どうせ、いつか辿り着く場所なのよ。先を急いだとして、死が思い描いていたものでなかったらどうするの?もう戻れないのにね」 アルフォードが余命6ヶ月の宣言をしていることを指して、カラは告げた。 「だから死を疑似体験してみるの。今のあなたは霊魂。死者と会話できるのは聖職者の私だけ。手始めに傷心の私を見守りなさい。そしてついでに、こちらの世界が本当に欠片も必要のないものだったのか、目を向けてみればいい」 彼はただ黙っていた。 カラも黙って車椅子を押した。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!