第1章 喪に服す期間

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そして、迎えた彼の第一印象は最悪だった。 「ヴおくはぁ、あぅるふぉぅど。ぐぉくきげんよう」 内心の動揺など微塵も見せずにカラは微笑んだ。 「ごきげんよう。Mr.アルフォード。私はカラ。あなたのカウンセラーとして伺いました。長い人生のちょっとしたエッセンスと思って下さると嬉しいわ」 「ぐへぇっへぇ。よぉろしく」 「やめて!アル」 マダム・エリザが声を潜めて叱責する。叱責する時でさえマダムは上品だ。 「そうだ、やめろ。酷いぞ今日は」 彼の隣にいる主治医マシューがアルフォードを嗜め、先に握手を求めて来た。 「やぁ。僕は彼の主治医のマシュー。僕のことはマダム・エリザに訊いているね?歓迎するよ、カラ。よろしく」 握手を交わしながらカラは訊ねた。 「ええ。よろしく先生。Mr.アルフォードは四肢麻痺とだけ伺っていましたけれど、言語障害もあるのですか?」 「ちがうよ。知的障害及び言語障害はない。君をからかっただけだ」 応えたのはアルフォード本人だ。 カラに横柄なまでに目を眇めてみせる。 敵意剥き出しと言った様子だ。 「そうみたいですね。その手のからかいはあなたにとっても不愉快を増やすだけでしょう。おやめになることを進言します」 彼の表情が強張った。 「気が利くね、母さん。もう尼さんを雇ったのかい?僕の意思に賛同してくれて嬉しいよ」 「そんなつもりじゃないわ!お願いだから攻撃的になるのはやめて」 今度のマダム・エリザは声を荒げた。 「神服がお気に召しませんか?どんな場面にでも通用する正装ですよ。病めるときも健やかなるときも、紳士たる者は、女性の服装にケチをつけるべきではありませんね」 カラは鷹揚(おうよう)に肩を竦めてみせる。    それから先は会話にならなかった。 彼はカラをいない者と無視を決め込み、ただただ窓の外を虚ろに見つめることに集中しているようだった。  そしてそれは続く。  毎日は最初の挨拶だけで終わるのだ。それも一方通行の。 「Hi!Mr.アルフォード」 「ごきげんよう。Mr.アルフォード」 「今日も窓の外に楽しみがあるのですか?Mr.アルフォード」 「今日はあいにくの雨ですね。Mr.アルフォード。寒くはありませんか?」 「おはようございます。Mr.アルフォード」 たまに彼が発する言葉と言えば、 「話しかけるな」 「静かにしていてくれ」 「呼ぶまで入ってくるんじゃない」 「君は必要ない」 彼は辛らつな言葉しか知らないようだ。げんなりとした一週間が過ぎる頃、カラはそろそろこの重苦しい空気に終止符を打つと決断した。 むしろ、即断即決が信条のカラとしてはよく我慢した方だと、当人は賞賛したいくらいだった。    カラは端から一週間と決めていた。 ただし、仕事を放棄するのではない。 「今日からは、攻めに転じるわ」 そう自身に告げたカラは、不敵なまでに()んでいた。
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