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「Hi!Mr.アルフォード。ご機嫌いかが?」
今日の挨拶もいつも通りにスルーされることも、カラは想定内だ。
「私がここに通うようになって一週間が過ぎたわ。何かあなたの中で心境の変化はあったかしら?」
敬語も勝手に取っ払い、親しげに話すカラにアルフォードは眉を顰めたが、それを咎めはしなかった。
「ないね。入ってくるな。用はない」
「そうみたいね。ところで、出会った日のこと覚えている?」
「私は覚えているわ。すっごく不愉快だったから。それはもうセンセーショナルにね」
「で、あの日にあなたを心の中で殺したの。むかっ腹が立ったから思わず刺しちゃったのよ。ごめんあそばせ」
「それで、この一週間は殊勝にも喪に服していた訳。あなたに合わせてどんより深く重苦しい気分を十分に味わったわ」
「ようやく喪が開けたから、これからは私らしく快活にお仕事させていただくわね」
彼は苛立たし気に片眉を上げた。
「私と散歩に行きましょう。せっかく立派な車椅子なんだもの。それにお庭もバリアフリーに舗装されているわ」
「嫌だね」
「あら?なぜ?これ以上気分を重くする必要はないでしょ?まだ足りないの?」
「散歩する意味なんかない」
「あら?死人に意味なんて求めてないわ。私にとって意味があるのよ。今度はあなたが私を慰める番よ」
「意味が分からないね。それに俺はまだ死んでない」
「あら?そうなの?生きながらにして死んでるじゃない。同じでしょ。少なくとも私にとっては同じよ。あなたが死んでいようが、いまいが悼む気持ちは変わらないわよ。一週間あなたと過ごしても哀しみと嘆きしかなかったもの」
「行きたいなら一人で行け。俺は行かない」
「ああ、それこそ無意味。私はあなたの慰めを求めているのよ。これが単なる嫌がらせにせよ、本心にせよ、あなたは行く以外にないの。お解り?」
腰に手を当て、彼の鼻先で人差し指を嫌味ったらしく振った。そして、後ろに回り込むや、傲慢に車椅子を押したのだ。
「そんなに悪い話じゃないわ。自分が死んだときの疑似体験と思えばいいのよ。霊魂があったとした場合のね」
「喪に服す一年というのは、死者を悼む為だけにあるのではないのよ。残された者が慰められる為にもあるの」
アルフォードは不機嫌を顔に貼り付け、黙したままだ。
「大切な人を失っても、前を向ける強さはいずれ得られるわ。必ず笑える日は来る。なぜだと思う?」
やはり、アルフォードは黙したままだ。
単に答えを考えているのか、無視を決め込んだのか、それはわからない。
それでもカラは話すだけだ。
独りよがりの会話でも、カラはやるべきことを為すと決めたのだ。
「それはね。死者が生者を慰めているからよ。傍に寄り添い、ずっと宥め続けるの。『頑張れ、あなたなら大丈夫』ってね」
「どうせ、いつか辿り着く場所なのよ。先を急いだとして、死が思い描いていたものでなかったらどうするの?もう戻れないのにね」
アルフォードが余命6ヶ月の宣言をしていることを指して、カラは告げた。
「だから死を疑似体験してみるの。今のあなたは霊魂。死者と会話できるのは聖職者の私だけ。手始めに傷心の私を見守りなさい。そしてついでに、こちらの世界が本当に欠片も必要のないものだったのか、目を向けてみればいい」
彼はただ黙っていた。
カラも黙って車椅子を押した。
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