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 他人と話したがらない若者の相手は慣れていた。啓太郎の勤める開発会社に入ってくるプログラマーの中には、意外と多いタイプだ。  青年があっさりドアを閉める姿を見送ってから、啓太郎もアタッシェケースを取り上げて自分の部屋に帰る。  三日ぶりの我が家は――悲惨だった。  男の一人暮らしはこんなものだと思いながらも、物で溢れて散らかったダイニングを見ると、やはりげんなりする。  なんとなく空気が澱んでいるように感じた啓太郎は、空気清浄機のスイッチを入れて、スーツからラフな格好へと着替えた。  ゆっくりと風呂に浸かるのも魅力的だが、今の自分なら、確実に脳貧血を起こせる嫌な自信があった啓太郎は、とりあえず血糖値を上げることにする。つまり、メシだ。  さっそく冷蔵庫の前に屈み込んでドアを開けたが、すぐに啓太郎はがっくりと肩を落とすことになる。  見事に冷蔵庫の中が空っぽだったのだ。 「そうだった……」  家を空ける前、仕事で数日泊まり込む事態を想定して、冷蔵庫は空にしてしまったのだ。もちろん、風呂上がりに愉しみにしていたビールもない。あまりに疲れていたため、帰りにコンビニに立ち寄ることを忘れていた。  いつまでも空の冷蔵庫の中を恨みがましく眺めているわけにもいかず、大きく息を吐き出してから冷蔵庫のドアを閉める。  立ち上がり、テーブルの上に置いた財布に手を伸ばそうとしたが、啓太郎は一声唸ってためらった。 「――面倒だ」  マンションから五分ほど歩けば、弁当屋に定食屋、コンビニにスーパーといった店が立ち並び、気力さえあれば食べることにはまったく困らないのだが、今の啓太郎にはそこまで出かける気力が欠けていた。  冷蔵庫が空という想定外の出来事に直面して、完全に気が抜けてしまった。  仕方なく、財布の横に置いた煙草とライター、それに灰皿を手に取り、ベランダへと出る。とりあえず煙草でも吸って落ち着けば、多少は空腹も紛れて外に出る気になるかと、啓太郎は自分自身に期待したのだ。  煙草に火をつけ咥えると、ベランダの手すりにもたれかかる。すでに日が落ちた辺りは薄暗いが、少し視線を遠くにやれば、ネオンがまぶしい。どの店も、会社帰りのサラリーマンやOL、学生たちで、これからにぎわうのだ。  こうして見れば、どの店もすぐ側だと実感できるが、いざ自分の足で歩くとなれば、これがなかなか億劫だ。  部屋のどこかに宅配ピザか弁当のチラシがあったはずだが、と思ったが、次の瞬間には啓太郎は顔をしかめる。 「注文したとして、宅配されてくるのは何時だ? ちょうどこの時間は注文のピークのはずだ。そうなると、まず一時間内で宅配されてくるというのは絶望的だ。だとすると、俺は期待して注文したのはいいが、すきっ腹を抱えて、いつ来るとも知れない料理を待つのか? しかも、ご馳走なんかじゃなく、手軽に食べられる料理を。いいのか、それは」  腹が減って気が立っているせいか、独り言も理屈っぽい。こんなことをブツブツ言う前に注文すればいいが、とにかく煙草を吸ってからだ。
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