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珍しく休日出勤のない日曜日、昼前に起き出した啓太郎は部屋の掃除をしてから、特にやることもなくパソコンに向き合っていた。
これまでなら、面倒ながらも食料のまとめ買いに出かけるところだが、裕貴の部屋でメシを食うようになると、そこまでの切迫感もなくなった。
わざわざインスタント食品の世話になったり、弁当を買ってきたり、仕事帰りにどこかの店に立ち寄らなくても、定食代程度の金さえ出せば、温かくて美味いメシが出てくる。
それに、裕貴は生意気ではあるが、話し相手になってくれる。
これまで考えたことなどなかったが、部屋で一人でメシを食っていると寂しいのだ。そのことを自覚したのは、裕貴がテーブルの正面に座り、他愛ないことを話すようになってからだった。
誰かと――裕貴と向き合ってメシを食うのが、楽しかった。
「ヤバイだろ、この状況は」
パソコンのモニターを見ているつもりが、いつの間にか裕貴のことを考えており、啓太郎は小さく呟く。
ヤバイのは、短期間で裕貴と親しくなりすぎたことだ。隣人としてのつき合いをとっくに越えているだろう。
なら友人かと言えば、それも微妙だ。裕貴に対して友情は感じない。冷たい意味ではなく、そんな感覚を飛び越えて、むしろもっと近しい感情を抱いているのかもしれない。
不安定な存在である裕貴に抱く、不安定な感情。それはなんだか居心地が悪くて、啓太郎を落ち着かない気分にさせる。自覚した途端、目が逸らせなくなりそうだ。
「はあっ、やっぱり欲求不満かー? こんなことを悶々と考えるってことは」
食欲は裕貴のおかげで満たされても、性欲だけは自分でどうにかするしかない。
マウスに手をかけた啓太郎はブックマークを開き、あるサイトをクリックしようとする。すると、デスクの上に置いてあった携帯電話が突然鳴った。
やましい気持ちの表れか、ビクリと体を震わせてから啓太郎は慌てて携帯電話を掴む。動揺してもたつきながら携帯電話の液晶を見ると、裕貴の携帯電話からだった。
何事かと思いながら電話に出ると、ぶっきらぼうな声で尋ねた。
「……なんか用か? 隣同士なんだから、携帯にかけてこなくてもいいだろ」
『あれっ、ということは、今日はきちんと休みなんだ』
あっ、そうか、と啓太郎は心の中で洩らす。日曜日といえど、仕事に出ることの多い啓太郎なので、おそらく裕貴もそのつもりでかけてきたのだろう。
「ああ。今部屋にいる」
『残念。日曜まで働いて大変ですねー、って慰めてあげようと思ったのに』
「お前、性格悪いぞ」
ここでふと、モニターに表示されている時間を見る。そろそろ昼時だ。ちょうどいいと思った啓太郎は、いつものように言った。
「昼メシ、食いに行っていいか?」
『チャーハンぐらいなら作ってあげるよ。おれの分のついで』
「上等。なら晩メシは、和食がいいな」
図々しいとでも言いたげに、裕貴が電話の向こうでため息をつく。
「おい、こら、俺は金払ってるだろ。リクエストぐらいしたっていいだろうが」
『――作るのおれだけどね』
その一言で、啓太郎の強気などあっという間に潰えた。
「……作ってください」
『考慮しておく』
ところで、と裕貴が言葉を続ける。
『日曜の昼間っから性欲持て余して、ネットでエロ動画なんて観るなよ。空しいなあ』
「観てないぞっ」
咄嗟に啓太郎が答えた瞬間、窓の外から爆笑する声が聞こえてくる。ハッとしてベランダに出てみると、やはり裕貴の声だ。啓太郎は携帯電話を耳に当てたまま、そっと手すりから身を乗り出してみる。思ったとおり、裕貴もベランダの手すりから身を乗り出していた。
「やっぱり図星かあ。その慌てぶりだと」
携帯電話を顔から放して、裕貴がニヤリと笑いかけてくる。途端に啓太郎は顔が熱くなってくるのを感じた。
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