-1-

2/6
1283人が本棚に入れています
本棚に追加
/237ページ
 初めて知ったが、隣人は二十代前半ぐらいに見える青年だった。少々肌寒くなってきた時期のため、トレーナーの上からやたら大きなカーディガンを羽織ってはいるが、痩せた体つきなのが見て取れる。無駄に長身の啓太郎ほどでないにしても、身長はあるようだ。  不揃いに伸びた髪が動くたびに揺れ、その拍子に隠れた顔が露わになる。ドキリとするほど、きれいな顔立ちをしていた。不健康に顔色は青白いが、だからこそ、繊細な目鼻立ちが映えて見える。  青年は不機嫌そうに唇を曲げ、ドアにぶつかりながらなんとか箱を一つ部屋に運び入れる。このとき啓太郎と目が合ったが、青年は露骨に顔を背け、作業を続ける。  都会での生活なんてこんなものだと思いながら、啓太郎が自分の部屋に向かおうとしたとき、重々しい音がする。見ると、青年が発泡スチロールの箱を足元に落としたところだった。蓋が外れて中が見えたが、ぎっしりと食品が詰まっている。  青年は落ち着いた動作で屈み、蓋を閉め直してから、また苦労して箱を持ち上げようとしていたが、頼りない足取りに見ていられなくなる。啓太郎は持っていたアタッシェケースを置いてから、青年に歩み寄った。 「手伝おうか?」  パッと顔を上げた青年が、不審そうに啓太郎を見る。長い前髪の間から、涼しげな切れ長の目が覗いており、改めて、青年の顔立ちのよさに感嘆させられる。これで服装さえきちんとしていれば、モデルだと名乗られても信じるかもしれない。  啓太郎はそんなことを考えながら、できるだけ感じのいい笑顔を浮かべ続ける。 「俺、隣の部屋に住んでるんだ。だから怪しい者じゃない」  自分の部屋を指さして見せたが、信じているのかいないのか、青年の表情が変わることはない。  啓太郎は、自分の外見が他人に不快さや警戒心を与えるものではないと把握している。  ほどほどにハンサムで気安い雰囲気を漂わせ、これに穏やかな笑顔を付け加えると、さらに好感度が増す。これでも大学時代は女の子たちにもてたのだ。  あの頃が、人生のピークだった――。  思わずそんなことを考えた次の瞬間には、猛烈な空しさが啓太郎に押し寄せてくる。人目がなければ、ひっそりと涙を流していたかもしれない。  青年がじっと見つめているのに気づき、啓太郎は我に返る。慌てて他の箱を持ち上げた。見た目よりずっと重い。だが、足元がふらつくほどではない。 「玄関に置けばいいかな」  言いながら、青年が開けているドアに身を滑り込ませて玄関に入る。  2DKのマンションで、一部屋ずつが比較的広い造りとなっているので、二人で住んでも窮屈さはさほど感じないはずだが、玄関にある靴は、今青年が履いているスニーカーだけだ。どうやら一人暮らしらしい。  妙な仲間意識を感じつつ、啓太郎は箱を置き、次の箱も手にする。あっという間にすべての箱を玄関に運び込んだが、箱の中身がすべて食料だとすれば一体何食分なのだろうかと、つい余計なことまで考えてしまう。  玄関に立ち尽くしていた啓太郎だが、青年から非難がましい視線を向けられ、急いで玄関から出る。 「それじゃあ」  軽く片手を上げると、青年から浅く会釈で返された。
/237ページ

最初のコメントを投稿しよう!