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素っ気なく裕貴に手招きされ、部屋に上がる。すでにダイニングにはいい匂いが漂っており、キッチンを見ると、まな板の上には切りかけの野菜があった。
「作りかけでなかったら、本気で追い出したんだけどね」
裕貴がさらりとそんなことを言い、キッチンに戻る。もう一度拳を握り締めてから、アタッシェケースをテーブルの足元に置いた啓太郎は、コートとジャケットを脱いでからイスに腰掛けた。
「ビールは……」
「冷蔵庫の中から出して、勝手に飲んでよ」
啓太郎は言われるまま、腰を落ち着ける間もなく立ち上がると、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す。
直接缶に口をつけて飲みながら、今日はガラス戸が開いたままの隣の部屋を覗き込む。今日もパソコンに電源が入っており、ゲームらしい画面が見えた。
「なあ、一日中ゲームしてるのか?」
「まさか。ゲームは夜の間だけ」
なら昼間は、と尋ねようとしたが、肉を焼く音をさせながら裕貴が先に言った。
「羽岡さんさあ、こんなことしてたら、いつまで経ってもおれとの貸し借りがなくならないと思うんだけど」
「何がだ」
「おれは、他人にタダメシ食わせる気はないってこと。メシが食いたいなら、羽岡さんもおれのために何かしてくれないと」
グビッとビールをもう一口飲んでから、啓太郎はキッチンに立つ裕貴の後ろ姿と、電源が入ったままのパソコンに交互に視線を向ける。
「――俺にできるのは買い物か、システム構築ぐらいだぞ。あと、プログラム作成だ」
振り返った裕貴が唇だけで笑いかけてきた。
「だったら、おれのパシリになる?」
「パシリはやめろ、パシリは。せめて、買い物を頼むという表現にしろ」
「じゃあ、これから羽岡さんに、買い物を頼んでもいい?」
なんだか、初めから結論は決まっているようなやり取りだ。内心そう思いつつも、啓太郎は嫌とは言えなかった。
「……今日食うメシが美味かったら、頼まれてやる」
啓太郎の言葉に対して、裕貴はしっかり料理で応えてくれた。
テーブルには、一昨日と同じように茶碗に山盛りのご飯が、次におかずの皿が置かれる。和風の一口ステーキだ。そして、あんかけ豆腐も並んだ。
裕貴が正面のイスに腰掛け、伸びた前髪の間からじっと啓太郎を見つめてくる。
さっそく箸を手にした啓太郎は、手を合わせてからまずはステーキを口に運ぶ。肉にはしっかりおろしにんにくがすり込まれ、少し濃い目の味つけも申し分ない。ステーキの下にはきれいに千切りされた野菜が敷かれているが、ステーキのソースとよく絡んでいる。
次にあんかけ豆腐はダシが効いてはいるが薄味で、油っこくなった口の中がさっぱりする。ついでとばかりに置かれた野菜の酢みそも、白みその味が感動的だ。
ガツガツと貪り食っていると、目の前で裕貴が笑う。
「――おれが頼んだもの、買ってきてくれる?」
こんなメシを食わされて、嫌と言えるはずがなかった。
「引き換えに、メシを食わせろよ」
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