開幕

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開幕

魂の声を聞け。わたしの声を聞け。今わたしは、ここにいる全ての人間に問いかけている。訴えている。 わたしの魂は、震えている。 春は出会いの季節。なんて言うけれど、通りかかる人たちの笑顔は、なんだか嘘くさい。この出会いは、必然。出会わなければいけない人たち。これから3年間、共に過ごさなければならない。開いた廊下の窓からは、風が吹き、桜の花びらが舞う。窓に寄りかかり、談笑し合う人たち。その前を、歩くわたし。クラスでの自己紹介が終わり、教室内も、廊下も、これからの高校生活に浮き足立つ人間で溢れている。わたしは、浮かない。マジシャンではないからだ。歩く、歩く。ただ、歩く。目的は、ある。 4階。理科室や図書室など教室もなく、ただ存在するだけの階。広い空間はあるが、そこには使われなくなった椅子や机が積み重なっている。4階の、奥。扉の上にあるプレートを読み上げる。 「演劇部」 心なしか、薄汚れている。 「こんにちは!わたし、一年四組の浅倉美里です!」 扉を開け、元気よく言い放った。埃が、降ってきた。一斉にその場にいた人の視線がわたしに向く。 「一年?」「一年だ」「なんで?」「道場破り?」 口々に聞こえる声。 「はい、一年の浅倉美里、美里って呼んでください!」「みさと」「誰?」「知らない」 すう、と息を吸う。 「今日からわたしが、この部の部長です!!」 「……え?」 その場が凍りついたのがわかった。けど、わたしは氷は嫌いじゃない。 「わたしが、この部の部長になりますから。さあ、みなさん、部活を始めましょう」 扉を閉め、どんどんと前へ進む。 「ん?ちょっと待て、美里さん?部長はあたしなんだが」 ショートカットで、スカートの下にジャージを履いた人がわたしに近づいた。 「演劇部の顧問の白石先生に言ったら、認めてくれましたよ。わたしが部長になるって」 「おいいい!なにやってんだよ白石ぃ!あたしという部長が既にいるってのに、いきなり現れた一年を部長にするってどういうことだよ!」 「白石先生、言ってました。今の部長の河合さんはやる気がない、って。昔は、やる気に満ちていて、演技も上手ければ指揮をとるのも上手い、って。でも、いつからかやる気をなくしてしまったと。だから、わたしが部長になってかつての演劇部の勢いを取り戻してみせます、って言ったら、快く承諾してくれました」 ニコ、と微笑むと、河合さんは口を大きく開けたまま固まってしまった。すると、河合さんの後ろから、ウェーブのかかった綺麗な髪の人が出てきた。 「たしかに、うちの演劇部は昔は活気があったし、賞を取ったこともあった。でもね、今は部員は三人だけ。頼りにしていた先輩たちはみんな卒業し、今はわたしたち枯れ果てた三年生だけ。裏方を部員ではない友達に頼むとしても限界がある。そんな中で、新米のあなたがどうこの部を立て直すって言うの?」 「わたしが、部長になれば、立て直せます」 「根拠はあるの?」 「ありません。自信なら、あります」 「…そう。じゃあ、やるだけやってみて。ただ、協力するかしないかはわたしたちの気分次第よ。それでもやるって言うなら、勝手にして」 そう言って、ウェーブ髪の人は部室を出て行こうとした。 「あ、待ってください、まだあなたの名前聞いてないです」 「………」 振り返り、わたしを見つめる。一瞬の沈黙。 「立花京香。今日は気分が悪いから帰るわね、部長さん?」 「ちょ、待ってよキョーカ!あたしも帰る!」 そう言って、立花さんと河合さんは帰っていってしまった。閉まった扉を見つめてふう、とため息をつくと、近付く人影に気づいた。 「あの、美里、ちゃん?ごめんな、キョーカちゃんもアンナも悪気はないねん」小柄な、目がクリッとした人が話しかけてきた。小さい。歳上とは思えない。小動物みたいだ。 「あ、アンナってのはさっきの河合って子で…。あ、わたし、成宮祥子って言うねんけど…気軽に祥子って呼んでな?」 手をもじもじさせながら、成宮さんは上目遣いで言った。 「いえ、でも、先輩ですし…」 「ええねん。わたしなんか、先輩って呼ばれるような人ちゃうもん」 へへへ、と苦笑いしながら、成宮さんは髪を耳にかける仕草をした。この人、透き通るような声をしているし、ひとつひとつの仕草も、丁寧で目がいくな。 「うーん、じゃあ、祥子先輩、って呼ばせていただきますね」 「うん!よろしくね、美里ちゃん。えと…どうしよか、二人とも帰ってもーたし…世間話でもしよか?」 そう言うと、祥子先輩はそそくさと部室の隅から椅子を取り出して、自分が座っていた椅子の隣に置いた。 「世間話…そうですね、この演劇部がこんな風になった原因を聞かせてください」 わたしがそう言うと、祥子先輩の手がぴたりと止まった。 「あ……。ご、ごめんな。わたし、部活休んどった時期があって。詳しくは、知らんねん……」 そう言うと、祥子先輩は黙り込んでしまった。申し訳なさそうにはしているけど、何も知らない、って訳でもなさそうだな、これは。 「み、美里ちゃんは、なんで演劇部に入ろうと思ってくれたん?昔こそ少しは有名だったかもしれんけど、わたしたちが三年に上がる頃にはもう、こんなんやったから……」 「そう、ですね。憧れの人が、いたんです。去年、この学校の文化祭に遊びにきた時…演劇部の公演を観たんです。その時に主役を演じていた人の演技に圧倒されて…。それで、この人の演技を間近に感じたい、と思って、この学校に来たんですけど…。まあ、噂通り部は衰廃していて、その先輩もいないみたいですけどね」 去年の公演を思い出す。その人は、男役を演じていた。女性なはずなのに。女性なことはわかっているのに、男性にしか見えなくて。演技に、性別はないんだ、って思った。その人がここにいれば、こんなに廃れていなかっただろうに。あの人はもう卒業してしまったのだろうか。 「……そう、なんやね」 そう言う、また祥子先輩は黙り込み、なにかを考えている様子だった。なんだろうか。祥子先輩を見つめると、その視線に気づいたようで、パッと顔を上げた。 「そういえば、さっき美里ちゃんめっちゃ自信があるみたいやったけど、演技経験はあるん?」 「え、ないですよ?」 「え?」 「演劇を見たのも、去年の公演が最初で最後です」 「美里ちゃん…。それ、キョーカちゃんに言ったらやばいで?」 「根拠はないけど、根拠のない自信はありますよ?」 にこ、と微笑むと、祥子先輩はううーんと唸ったまま考え込んでしまった。 この日はとりあえず祥子先輩と話してお開きだった。明日からは、部長らしくみなさんを引っ張らなきゃ。あの人のように。いつか、あの人に近づくために。
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