あの日の魔法のように

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「オハヨー(こう)ちゃん」 そいつは親し気に俺をそう呼んで、にこっと笑った。 「へ!?」 人間……あんまり驚き過ぎるとすべてが停止するよな。 思考も、行動も。 「はいはい。そんなにびっくりしないで。ハルくんですよ~わかる~?」 何言ってやがる、と思いながら、視線がその瞳に吸い寄せられてた。 綺麗に澄んだ茶色の目には、確かに……長年俺が大事にしてきたぬいぐるみ『ハル』の息吹が感じられて…… 「ハル……?」 「うん」 「え??ハル?ぬいぐるみの?」 「うん、そうだよ。長らく大事に可愛がってくださったお陰で、こうして命を頂くことが出来ました」 「………」 やばい。寂しすぎてやばいことになってきた。 本気で病院だ。 しかし妄想もここまで来るとすげぇな。 なかなかないクオリティ……肌の質感といい……体温といい…… 俺は腕の中の人間になったハルをしげしげと眺めた。 くっきりとした輪郭も、綺麗な鼻筋も、どっちかと言うと涼しげで凛々しい。 なのに……なんか可愛い。 さすが俺の妄想。俺の好みを良く分かってる。 ぬいぐるみのハルが人間になったらまさにこんな感じだろうな。 「ハル……」 「なあに?」 う……呼んだら返事をしてくれるって…… 「いい……」 「ん?」 「ずっと、ハルが喋れたらいいのにって思ってたんだよ……」 「ふふ…知ってるよ」 優しい眼差し…… 肩から力が抜けて、やけに素直な気持ちになる。 子供の頃そうしたみたいに、また、ぎゅーっと抱き締めて…… 「抱き心地はぬいぐるみの方がいいな」 含み笑いで言ったら、途端にパッと腕の中の人間がぬいぐるみに戻った。 「えっ……」 どう見ても、いつものハル。 すこしくったりした、柴犬のぬいぐるみ。 「なんだよ……夢……??」 妄想だって思ってたくせに、めちゃくちゃ寂しくて。 ハルの鼻に自分の鼻を押し付けて「せっかくおしゃべり出来ると思ったのに」って不貞腐れて言った。 そしたら次の瞬間にはまた、すっと…… まるで瞬きの間に現実がすり替わってしまったみたいに腕の中に人型のハルがいた。 「抱き心地はぬいぐるみの方がいいんでしょ?」 鼻と鼻をくっつけて。 「や……こっちも悪くない」 その存在感を確かめるようにもう一度腕に力を入れて、消えないで、と願いを込めておでこをくっつけた。
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