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昨日の帰り。
吹奏楽部のわたしは、部活を終えて階段を下りて職員室に鍵を戻すために立ち寄った。
9月も下旬になると日が落ちるのが早く、7時にもなれば外はもう暗い。
鍵当番の日は、音楽室を出るのが最後になるから部のみんなはもういない。
昇降口まで行くと靴箱の近くにあるベンチに座っている真紀がいた。
「真紀」
「あ、さくら~」
立ち上がって真紀は抱きついてきた。
真紀はハグ好きだ。
会うといつもそうだ。
「わ、ごめん。わたし部活後だ。汗臭かったよね」
「大丈夫だよ。わたしも今日はランニングしてるから汗臭い」
フフフ。
ふたりで顔を見合わせて笑う。
制汗剤はしているけど、やっぱ臭うかなぁとふたりでクンクンしていると、遠くから真紀を呼ぶ声が。
「待たせたな」
春樹くん登場。そしてテニス部のひとたち。
「あ…じ、じゃっ。真紀、また明日ねっ」
真紀にそう言い、春樹くんには頭をペコッと下げた。
わたしはどうも大勢が苦手だ。
春樹くんは日焼けして、背も高く顔立ちがハッキリしているので、第一印象は近よりがたい。
でも真紀の話を聞いていると、気さくで友達想いの優しい人のようだ。
靴箱に行こうと慌てて踵を返したその時、衝撃で鼻をぶつけ足元がふらついた。
「わっ、ごめんっ」
ぶつかったその人はわたしの手を掴み、尻餅をつきそうなのを助けてくれた。
多分わたしは、とても間抜けな顔をしていたと思う。鼻をぶつけたので痛くて涙目だったし、涙目だけどあまりの驚きで見開いていただろうし。
だって、ぶつかった相手は三崎くんだったから。
「大丈夫?ごめんね。俺がこんなところに突っ立ってたから。」
はじめてこんなに近くで三崎くんを見た。
いや、あまりにも近すぎて驚きで息をするのを忘れてしまった。
「駿太。お前何やってんの。ってか何でそっちから来てんの」
「あー…部室の鍵、職員室。で、担任に呼び止められて。」
三崎くんは気まずそうに言った。
三崎くんも当番だったんだ。一緒だ。
今いるってことはわたしが職員室に入ったの同じくらいにいたはずだ。気づかなかったな。
--後ろから来てたってことは、わたしと真紀のハグや制汗剤の話やら聞かれていたのか、と思った瞬間、カッと顔が熱くなったのがわかった。
「じゃ、真紀っ、ホントにまた明日っ」
居たたまれない。顔から火がでるんじゃないかっていうくらいに顔は熱いし、心臓のドクドクって音も聞こえそうなほどに。
手を振ったつもりだけど、体はカチカチで顔はあげれない。明らかに挙動不審だ。
「さくらっ、大丈夫?」
真紀がわたしの横に来て顔を覗きこむ。
うん、大丈夫。声が思うように出ずにコクコクと頷くけど、真紀は心配そうな顔をして離れない。
「まき、だ、だいじょぶだから。ほんとに。か、かえるね。」
「桃谷さん、ホントにごめん。」
時が止まったかのようだった。
眉を下げて心配そうにわたしを見る三崎くん。
三崎くんがわたしの名前を知っていた。
桃谷って苗字が、三崎くんに呼ばれただけでとても尊く感じた。桃谷に生まれてよかった。
わたしもだけど、真紀が三崎くんを凝視していた。凝視というかポカンとしていた。
小麦色の肌はつるんとして、前髪もいっしょにポニーテールをしている。二重で漆黒の目は意思の強さをあらわしている。わたしとは対照的でしっかりもので、同じ年なのにお姉ちゃんみたいなのだ。
そんな真紀がなんだかはじめて見るような間抜け顔をしていた。
「帰るぞー」
春樹くんの声で我に返った真紀がわたしを誘う。
あまり断るのも変なので一緒に帰ることになった。
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