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科捜研は通常の警察官と違って、他業種からの引き抜きや特別採用者が多い。それゆえに研究こそが至上命題で、徳憲と無駄話する時間などない、というわけだ。
「やぁ徳憲くん、また会えたな。嬉しいぞ」
握手を求める穂村――管理官の階級は警視だ――へ、徳憲はぎこちなく握り返した。
涼しげな流し目と深い鼻梁の穂村はナイスミドルで、白衣とロマンスグレーの髪がよく似合う。若い頃は相当モテたんだろうな、などと徳憲は勝手にやっかんだ。
「穂村管理官って、いつも研究室に居ますよね。忠岡さんほどではないにせよ……家には帰らないんですか?」
「自分はとうの昔に離婚して、気ままな独身貴族だからな。子供も物心つく前に妻が引き取って以来、養育費だけ払わされて一度も顔を見ていない」
「あ、変なこと聞いちゃって済みません」咳払いする徳憲。「本題に移りましょうか」
「うむ。受付から内線で聞いたぞ。二年前に起きた結婚詐欺の鑑定を見たいんだったな」
文書鑑定科のドアを開け放った穂村は、徳憲と肩を並べて闊歩した。
室内は彼のテリトリーである。徳憲には操作できそうもない印刷機器だのインク分解機械だの筆圧測定機だのが並べられ、数名の研究員が絶えずデータを記録して回る。
徳憲はその正面奥にあった管理官デスクへ到着すると、机上のパソコンを注視した。
安楽椅子に深々と腰を下ろした穂村が、マウスを動かしてスリープモードを切る。
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