01.令嬢じゃなくて、商家の娘です!

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01.令嬢じゃなくて、商家の娘です!

 「では皆様ごきげんよう、わたくしはこれで失礼いたしますわ」  あたしは内心馬鹿馬鹿しいと思いながらも、少しでも悪女っぽく見えるようにと、妖艶に微笑んで夜会を後にする。  流行の最先端をいく隣国仕様の夜会服を身に纏い、自分の侍女である使用人には、その身分に許される限りの最大限のお洒落をさせ、彼女たちも自分のアクセサリーみたいに引きつれる。  馬車も自分の家の紋章と、自分自身の紋章付きの私だけのものだ。何処にも隙はない。自分以外の戦闘力もばっちりだ。あたしは意気揚々と、勝手に他の来客の皆々様の頭の中に、あたしの出してもいない高笑いでも響いていそうな堂々とした足取りで、その場を去った。  自分主催のパーティーでもないのにここまで堂々としていたら、少しはいつも通りになった?   そう思っていることなんて分からないくらいには、あたしは役者である……という自負がある。  あたしは屋敷に着くと、すぐさま自宅で夜会用の服を脱がせてもらい、すぐさま人払いをした。あたしは人がいないことを確認して、寝台に横たわる。 「全然手がかりなんてないじゃない! もしかして本当にあたしの頭がおかしくなっただけ!?」  あたしはずっと悩んでいる。あたしには貴族の娘として生まれた記憶はない。あたしにあるのはルーナ・スコッティという名前の、商家の娘だった記憶だけ。  家はそこそこ売れていたけれども、最近傾いてきていたスコッティ商会の長女。あたしはお針子として家を手伝っていた。  けれども先ほど言ったように、家が傾いてきているのに気付いたあたしは、両親が商会にいない時を見計らって、うちの帳簿をこっそり盗み見た。  そして思いのほか赤色でかかれた金額――つまり赤字ね。が大きいのを確認して、あたしは外聞のために自分の素性を隠して、いい時給の仕事を見つけようとした。お針子をしていると言っても、最近は後継ぎとしての勉強もあるので、あまりお針子として手伝いは行っていないから、あたしが居なくても大丈夫だろうと思ったの。  そりゃあ家から目を離すのは不安だけれども、今は先立つものが必要だ。時間は取られるだろうけれど、あたしはお貴族様に仕えるメイドでもやればいいかもと考えていた。両親だって、行儀見習いとしてお貴族様に仕えたいと言ったら、嫌とは言えない筈だ。  あたしは両親を説得できそうな求人を見つけるため、求人紹介所に向かった。そこには色々な求人が貼ってあって、頭が疲れで痛くなってきたころ、こんな求人を見つけたのだった。  カルネヴァーレ家の侍女、至急募集! 10代半ばの女性希望!  そんな感じの求人を見つけた私は、すぐさまそこにいた職員さんに声を掛けて詳細を聞いたのだった。  そう、そこまでは覚えているんだけど…… 全然その後が思い出せないんだよね。  その記憶の後はいつの間にか、カルネヴァーレ家の令嬢――エヴァンジェリーナ・マルタ=カルネヴァーレになっていたのだった。  いつの間にか朝になっていて、このすっごくお嬢さまらしい天蓋付きの寝台で目を覚ましたあたしは、もう錯乱状態だった。  起こしに来たメイドさんに驚いて悲鳴を上げたせいで、使用人一同をパニックにして、その反応にあたしは更にパニックになる。自分はここの子供じゃないと騒いで、使用人一同の皆さんに病気になったと勘違いされて、軟禁状態の看病が始まってしまった。  それから何とか内心のパニックを押しとめて、周囲の言動から色々なことを整理し始めたのが、ここ二週間のことだ。    それで分かったことがある。  その一 エヴァンジェリーナ・マルタ=カルネヴァーレは半年ほど前に、社交デビューした子爵令嬢である。  その二 エヴァンジェリーナ・マルタ=カルネヴァーレは留学先から帰ってきたばかりで国内のことに疎い。そのためこの国特有の社交マナーに苦労している。  そしてそれが分からないせいで、愛国心にかけるとか、隣国かぶれと陰で言われている。そのせいか、あることもないことも本当だと思われている。中には男性を誘惑して、淑女にあるまじきふしだらな行為にふけっているという噂まであるみたい。その話から、男を誘惑する悪女だとも言われている。  その三 エヴァンジェリーナ・マルタ=カルネヴァーレ……もう面倒だからこのお嬢様でいいか、はその噂のせいで家族仲も悪くなっている。その噂を否定するような振る舞いを身に着けようとすればするほど、萎縮して失敗しているようだ。  というわけで、色々と面倒な人と勘違いされているってことが分かった。あたし、そんな誤解されるようなお嬢様と似ているの? だから誰も彼もにそのお嬢様と間違われているわけ? って思ってそのお嬢様――みんなエヴァ様ってよんでた――絵姿を探してみたけれど、一枚も見つからなかった。  こういうお貴族様って、画家に絵を描かせてお金をじゃぶじゃぶ使うものかと思っていたんだけどな……  まっ、でもご飯の時間まではあるし、家探ししましょ。  あたしはそう気持ちを切り替えて、この私室の家探しを始めることにした。色々さがしたつもりだけれども、やっぱりお嬢さまのお部屋ってやつはすっごく広いし、ここ以外にも勉強部屋もある。見るところが多すぎて、本当に目が回りそう。あたしは手当たり次第にぱぱっとやりたいところをぐっと我慢して、慎重に何か手がかりを探すことにした。  うーんここも見たしなー  ドレッサーの中を確認してあたしはため息を吐く。どこにあるかもわからないものをさがすっていう作業は本当気づまりだ。おまけに何を探しているのか、何を探せばいいのかすら、全然わからないんだもの。本当いやになっちゃう。これなら縫い物中に手から落ちてしまった針を探す方がまだまし。  あたしは心の中で悪態をつくと、両手の指同士を交差させて腕を伸ばして、ぐうっと体も伸ばした。あくびが出ると同時に生理的な涙が浮かんで、目が涙に滲む。頬に涙が一粒流れ、あたしは胸に何か気づいたらまずい気持ちが迫ってくるのを感じながらも、それを揉み消した。  あたしは首をぶんぶん振って、作業を再開しようとした。  そのとき視界の片隅で、何かが光った気がした。さっきの流れた涙が光を反射したのかと思うけれども、何だか違う気がする。その光った方向には、先ほど開けてから閉めていないドレッサーがあった。  あたしはドキドキする気持ちを抑えながら、そおっとその引出しに近づいた。  ……別に変ったところはなさそうだけど。あたしはそう思いながらもドレッサーの中を探る。ここも何回も確認した。だからそんな変なものはないはずだ。  あたしはドレッサーの引き出しを閉めた。その時、部屋の中に射している夕日に反応して何かが光った。  えっ? 何? だってドレッサーの引き出しはしまっているし……  あたしはその夕日がどこに射していたかを確認する。その光を追うと、ドレッサーの棚の下で何かが光っているのが分かった。  あたしはドレッサーの棚の下に手を伸ばして、何かを無理やり引きはがした。  それはとても小さな鍵だった。部屋の鍵穴にはお世辞にも入らなそうな小さな鍵。あたしの手にもすっぽりと収まる。そんな鍵だった。  こんな所にあるんだから、これ結構重要なやつだよね? あたしはその鍵が何に使われているものなのか、その鍵が嵌るものを探しだすことにした。
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