新月の夜に

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 ロビーに隣接されているカフェに三人は入った。マナトはカフェラテを、ユイカはアイスティーとベイクドチーズケーキを注文した。美玲も流れとしてコーヒーを頼んだが、このテーブルは三千円近くかかっていることになる。この請求はまさか自分に来ないかと少し不安に感じていた。 「あ、ここのドリンク代はウチが持つのでご心配なく」  美玲の心を読んだかのようにマナトは言った。 「はぁ……」 「本日はお待たせして申し訳ありませんでした。貴方がずっと待っていたということは彼女から聞いています」  マナトの隣に座るユイカが頭を下げた。セミロングのストレートヘアが揺れた。 「風見唯華(かざみゆいか)です」  名前を名乗る際に見せたあどけない笑顔は、どう見ても十代の持つものだった。 「時の分岐点に行くには、彼女の力が必要なのです。僕ももちろんご協力しますが」 「失礼ですが、ご年齢はおいくつなんですか……?」  美玲の質問に、マナトは僅かに眉を動かしたが、すぐに笑顔を作った。 「僕は十九歳で、ユイカは十七歳です」 「若い……ですね」 「よく言われます。が、この仕事は年齢が高ければ務まるわけでもないので」  それはそうだ、と美玲は頷く。 「では、ご依頼の話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」  マナトはカバンから小さめのノートパソコンを取り出した。  白と銀色が混ざったような色味で、薄く軽そうな、そしてどこか柔らかそうなフォルムのパソコンだった。美玲は珍しい外見だなと思った。と言っても美玲は決してパソコンの流行りに詳しいわけではないし、日進月歩で変わっていくIT業界では、このようなデザインもあるのかもしれないと考えた。 「改めて名前を確認させていただきますね。秋山美玲様でよろしいですか?」 「はい」 「女性、二十八歳、既婚歴なし、国籍は日本、生まれは長野県で、大学以降は東京で過ごされていて、現在は都内で不動産の営業をされている……で合っていますか?」 「そうです」  美玲は頷き、コーヒーカップを手に取り、一口だけ口にする。香りが豊かでおいしかった。 「失礼ですが、今回、我々に辿り着くまでそれなりに苦労されたんじゃないですか?」  そのマナトの言葉に、美玲は目線を上げた。すると、マナトと目が合った。  茶色がかったその瞳に美玲は不思議な感覚に陥った。まるで深い湖にでも吸い込まれていくような感覚だった。 「そう……ですね……」 「そんなに怖がられなくてもいいですよ」  マナトの目が細く、ゆるやかな上弦を描く。 「まぁ誰から紹介されたとかどうでもいい話ですよね。では、早速、本題に入りましょうか」  ノートパソコンをゆっくりとマナトは閉じた。  マナトは顔を上げ、美玲の顔を見た。美玲はマナトの視線から目をそらすことができなかった。 「貴方が人生をやりなおしたい分岐点は、いつどんな時ですか?」
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