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「……十二年前の九月二十日です」
美玲は答えた。
「なるほど……。日付指定……。失礼ですが、本日は僕たちがどんなことをできるか知った上で来られていますか?」
マナトは特に表情を変えることなく、アンケートでも取るかのように質問した。
美玲は軽く咳払いをする。
「……人生の戻りたい時期からやり直しができる方法がある。それは、ムーンリバーという会社に依頼することで可能。ただし、いま『現在』を捨てる勇気がないならば使ってはいけない、と聞いてきました」
美玲の答えを聞いていたユイカは何度か頷いた。マナトは一度だけ頷いた。
「だいたい合っています。少し補則するとしたら、都合よく何年何月何日に戻せるわけではないってことなんです。僕たちが貴方を戻せるのは貴方の分岐点なんです」
マナトの説明に美玲は目が泳ぐ。うまく理解することができなかった。
「もう少しわかりやすくするために、例えをだしますね」
「はい」
「人生を川だと思ってください」
「川……ですか?」
「はい。山から流れ始めた川は海に辿り着くまでに、途中で枝分かれして支流ができていきますよね? その支流がまた枝分かれして、どんどん細かく分かれていく……、僕らができるのはその支流が生まれた場所にお連れすることなんです。人生の川は基本的には上から下へ流れるだけなんですが、僕たちは貴方の人生の分岐点に遡ることができます」
マナトの例えを聞いて、美玲なりに理解はできた。しかし、疑問も湧いてきた。
「貴方の人生で『もしこっちの道だったら……』という道があるならば、行くことができます」
「あるならば……ということは、ないこともある? つまり、あらゆるパターンの支流があるわけではない……?」
考えながら話す美玲の言葉にマナトは頷いた。
「ご明察どおりです。『人の可能性は無限』なんて言う人も世の中にはいますけど、残念ながら人の可能性は無限ではないです。秋山様が大統領になったり、世界に名を遺す凶悪犯になる支流は残念ながらないと思います」
突拍子もない例えに美玲は苦笑いを浮かべる。
「つまり、私が持っていない可能性の過去には戻れない、と?」
「はい、ないものには『遡る』ことはできません」
「じゃあ依頼内容次第では受けてもらえない?」
「そうなります。あと、分岐点が生まれた直後に行けるわけではなく、その後の最初の満月の日にお連れすることになります。そして、今日は新月なのですが、新月の日からしかスタートして支流まで遡ることはできないので、今日を逃すとまた次の新月まで遡ることはできません」
「満月とか新月とか……、月のカタチに意味がある……?」
「はい。詳しく説明はできないですが、新月は『浄化』など『スタート』を意味します。そして満月は『達成』つまりは『ゴール』を意味します。占いなんかの本でも書いてあったりしますね。まぁ、そこはいいとして……、新月からスタートして、川を遡り、秋山様の望む時の分岐点があったならそこの支流に乗せて、最初の満月の世界に出てもらうんです」
「なんとなく……わかりました」
と言いつつも、どこか混乱している自分を美玲は感じていた。
「で、十二年前でしたっけ。貴方の何が起きたあたりなんですかね。教えていただけますか?」
吸い込まれるような瞳を前に、美玲は頷いた。
「……その日、妹が亡くなったんです。交通事故で」
「妹さんが?」
「はい。十二年目の九月二十日、妹の莉愛が家を出た後に脇見運転の車に轢かれて、亡くなりました」
「お気の毒です」
マナトが言った。隣のユイカも表情は固かった。
「あの子が出て行く少し前、私と喧嘩したんです。勝手に私の服を着たからって。玄関で揉めたその喧嘩の時間がなければ、事故のタイミングにあの交差点にいるはずはなかった。服なんかあげちゃったってよかった。私がつまらないことであの子に怒ったから……」
十二年の月日が流れても美玲の胸の奥からあの日の記憶が消えることはなかった。
実家の玄関に立つ度に莉愛を思い出してしまい、すべてを忘れるつもりで東京に美玲はやってきた。しかし、都会の風は美玲の心を浄化することはなかった。
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