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「何度やっても愛の告白を断るのは心が痛むねぇ……」
「嫌味か」
ナツはこう見えて結構モテる。
昼休み。いつものように一緒にお弁当をと思っていたらナツがフラッと教室から出ていったので、そんなことだろうと思っていたらやっぱりそんなことだった。
「ではでは、いただきまーす!」
「もうちょっと心が痛んでるふうを装えよせめて」
いつもと変わらず元気いっぱいである。
「いやー、だいたいねー、今どきラブレターとかドキドキしないんだよねー」
「そんな大声で言っていいのそれ?」
「いいのいいの、どうせ聞こえないんだから」
ラブレターなんていつ誰にもらったの、とかはいちいち聞かない。だって、
「昨日部活終わった後に『先輩これ読んでください!』とか言って渡されたんだけどさー。そういうとこだぞ一年坊主」
聞くまでもなく自分で言うから。
ちなみに、ナツは野球部のマネージャーだ。仕事は本人曰く「ちゃんとやってるもん」とのことなので、たぶんあんまりできていない。
「そっかぁ、今回は部活の後輩くんかぁ」
「今回もだね。夏休み前も後輩の誰かが告ってきたような気がする」
誰かってお前。薄情過ぎるだろお前。
「ちなみにナツ、このクラスの中だと誰に告られたか覚えてる?」
「えーっと……」
ナツは教室をぐるっと見回す。昼休みなので全員はいないが、それでも私の知る限り二人は該当者がいる。
「いないんじゃない?」
犠牲者たちの耳に入らなかったことを祈る。
「月二くらいで告られてたらもう分かんなくなっちゃうんだよね」
「嫌味か」
私からすれば何でこんな奴がという感じだが、冷静に考えると確かにナツはモテ女の条件を結構満たしている。
小顔にぱっちり二重という素の可愛さ、一五〇センチないくらいのミニマムさ、男相手でも分け隔てなく接する取っつきやすさ。あと意外と出るとこ出てるのも人気の秘訣かもしれない。
「どしたの、そんなじろじろ見て」
「いや、ナツって実は可愛いなと思って」
まあ、口を開くとただのアホなのだが。
「知らなかった? わたしって可愛いんだぜ」
「そういうとこだよ」
そういうとこだよ。
「ラブレターにも可愛い可愛いって書いてあったけど、まあつまんないよね。だって知ってるもん」
今日犠牲になった後輩くん、私が代わりに怒っておいてあげるからね。
「そうだ、さーここれ読む?」
「読まないよ」
差し出された紙を両手で押し留める。読むかよ他人が他人に宛てたラブレターなんか。いやごめんなさい本当はちょっと興味あります。
「さーこはもらったことないの、ラブレター」
「あるわけないでしょ」
明るく素直で可愛いナツに対して、私は暗くてひねくれてて可愛くない。ナツには前に「クールでカッコいいね」って言われたけど、それはナツだからそういう言い方をするのであって。
「さーこモテそうなのに」
「嫌味か」
実際にモテてる奴に言われたくないこと第一位、いただきました。
本心を言えば、ナツが急に彼氏なんか作ったりしたらちょっと嫌だ。
「ごちそうさま」
「はやっ!」
「ナツが食べ始めるの遅かったんでしょ」
「そうだった! あのヤローあとでみっちりしごいてやる!」
「うわ、パワハラだ」
一緒にお弁当を食べてくれる人が、いなくなるから。
***
「……やっば」
その日の放課後。帰ろうとして開けた下駄箱の中に入っていたその異物は、どこからどう見ても封筒だった。これは、あんな話をしたばかりだからそれしか思い浮かばないが、たぶんアレだ。
他の人の下駄箱と間違えたのではないかと思ったが、宛名が書いてあったので完全に逃げ場を失った。仰々しく『様』なんかつけやがって。あと字綺麗だなおい。
いらない脳内ツッコミによる抵抗も虚しく、心拍数が上がり呼吸が浅くなり手足が震える。何が「ドキドキしない」だ。こんなの私では処理できない。でもナツは部活中だ。
仕方なく私はその封筒を回収して、そのままそれを開けずに、校門近くに座ってナツを待つことにした。待ってる間に、手の中の封筒を破り捨てたい衝動に何度も駆られた。
世界一長い二時間が過ぎたのち、世界一の友が姿を現す。
「あれ、さーこ? どしたん、帰ったんじゃなかったの?」
ナツが、あのナツが、頼もしく見える。
「ナツぅ〜……!」
「えぇっ、ホントどうしたのさーこ? よしよし」
頭に乗せられたその手の温かさに、思わずちょっと泣いてしまった。
近くの小さな公園まで行き、吸い込まれるようにブランコに座ったナツにまだ開封していないラブレターらしき封筒を渡すと、ナツは前後にゆらゆらしながらそのブツを沈みかけの太陽にかざす。
「ふーん……」
しばらく眺めてから、突然くわっと目を見開いて叫ぶ。
「アオハルかよ!」
お前が言うなよ。
こんなものをもらったのは、たぶん幼稚園時代以来だ。小学校でも中学校でも、というか今でもだけど、私は何となくクラスで浮きがちで、告白されるされない以前に人との付き合いが少ない。だからこそ、性別を問わずナツ以外の誰かから好意を向けられるのは慣れてないし、怖い。
ちなみに、ナツは……ちょっと特別。
「開けてみなよ」
「えぇー……?」
我ながらずいぶんと情けない声が出たものだ。
「大丈夫大丈夫、襲ってきたりしないから」
「そんな心配はしてない」
でも精神的に襲われる気はする。
「紙に文字が書いてあるだけだよ。教科書と一緒だよ。おぇー」
自分で例に出しておいて教科書という単語に拒否反応が出たらしい。
「とにかく! ほらほら」
「うーん……」
促されるままに、返された封筒を開ける。それなりにちゃんとした、ちょっと可愛らしい便箋が出てきた。
二つ折りの便箋を開けようとする指が小刻みに震える。また動悸がする。息ができない。目をつぶる。あ、手紙が開いた。もうまぶたの向こうには文章がある。もう少し、もう少しで見える――。
思い切って大きく開いた両目に映ったのは、文字が書かれた紙の向こうからこちらを覗く、くりんくりんの二つの瞳だった。
「うわぁっ!?」
その瞳の持ち主は、いつの間にかブランコを降りて近づいてきてたナツだ。
「ラブレターにドキドキするさーこの顔、いただきー!」
にへらと笑うナツをひっぱたいてやろうか、一瞬迷った。
「ま、そのドキドキがいつまで持つかだね〜」
恋の先輩は辛辣だった。
「さ、早く読む! そして捨てる!」
「捨てるって」
「読み終わる頃には捨てたくなるよ。つまんな過ぎて」
「ホントかな……」
本人にそんな意図はないだろうけれど、ナツのおかげで緊張が少しほぐれた。改めて手紙に目を向ける。
「……」
最初の一文字が目に入る。二文字目、三文字目……一文読み終わる。二文目、三文目……何か結構長いな、これ。
読んでる間ずっと、ナツが立ち漕ぎするブランコの音が響いていた。
一言で言うと、なるほどと思った。
便箋をめいっぱい使った私宛のラブレターは、最後まで私の心を揺さぶらなかったのだ。ちゃんとしているという意味では事実上初めてもらったラブレターだったけれど……こんなもんか。
「どうだった?」
お昼にナツの言っていたことが、今ならよく分かる。可愛い可愛いとは確かに書いてあったけれど、それが薄っぺら過ぎて全く真実味がないし、愛を感じない。むしろ、そう言っとけば喜ぶんだろうという、ある種見下したような態度が読み取れる。要するに、
「つまんなかった」
そう伝えると、ナツの表情が意地悪い笑みに変わる。
「でしょ〜! 名前だけ変えれば誰にでも使えそうな手紙なら最初っから書くんじゃねーよって思うよね〜!」
「言い過ぎ……」
自分はまともに意味の通る文章が書けるかどうかも怪しいくせに。
でも、ナツほどには言わないにせよ、想いを込めたラブレターがこの程度だと、書いた奴もその程度なんだろうなとは思ってしまう。あれ、私も結構言ってる?
「そんでさー、誰からなの? ねぇねぇ」
ナツの辞書にデリカシーという単語はない。たぶん意味すら知らない。
大した文章ではなかったとはいえ、私宛に綴られた恋の告白を見せるのは何だか恥ずかしいので、紙を折って送り主の名前が書いてある最後の部分だけをナツに見せる。ちなみに、隣のクラスの男子だ。
「あ、こいつ何か知ってる……」
そいつは昨年度、つまり高一のときにクラスが一緒だった。ナツも一緒だったので、そりゃ名前くらい知ってはいるだろう。
ただ、ナツの言う「知ってる」は、そんなレベルではなかった。
「あ、思い出した! わたし先週こいつに告白されたよ! 超つまんない奴だったから忘れてた!」
「え……」
衝撃の事実に、二時間半前とは違う意味で血圧が上がる。なにか? 隣にいたからこっちも一応試しとくか的なノリなのか?
「節操ないなぁ……」
「セッソウって何?」
「誰でもいいのかよってこと」
「あー! それね! ホントだよね! セッソウないよね!」
私よりナツがヒートアップしていた。
「ちょっとわたし、文句言ってくる!」
「え、ナツ? え?」
ブランコの脇に置いていたカバンを持って、ナツは走っていってしまった。方向的にどこへ行ったかは分かるが……。
その場で待っていると、私の予想通り、ナツは数分で帰ってきた。
「学校誰もいなかった!」
だろうね。
翌朝。
「さーこ! カタキは取ってきたぞ!」
「何の」
教室に入った途端にどこかへ行ったから、トイレでも我慢していたのかと思っていたが、
「あいつに文句つけてきた!」
本当に例の男子に何か言いに行っていたらしい。
あんまり失礼なことを言ったようなら、私から後で謝っておこうかな。どうせ告白も断らなきゃだし。そう思いながら尋ねる。
「何て言ってきたの?」
「わたしのさーこに手を出すな! って」
「ぶっ」
誤解を解いておく必要がありそうだ。
ただ、正直に言えば、昨日読んだラブレターより、ナツのその一言のほうがよっぽど愛を感じられた。
「……ありがとね」
「ん、何か言った?」
「ううん、何でもない」
ナツにも負けるような彼氏なら、いらないかな。
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