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警備員のおじさんしか居ない静かな校内を走り、研究室のある階に辿り着くと、まさかの光景。研究室のポストからレポートを取り出し、部屋に入っていく鳥海先生の姿が目に入った。
これはとても不味い。俺は慌てて研究室のドアを叩いた。
「すみません、応用化学科の観月ですが、今大丈夫ですか」
「ええ、どうぞ」
「失礼します」と扉を開けて中に入ると、研究室に備え付けてあるコーヒーメーカーを操作している先生が不思議そうに俺を見ていた。ソファとガラスでできたテーブル。そして仕事用なのか紙束やファイルが山積みの机があった。テーブルの上には恐らくさっき回収したレポートが置かれている。
「あの、レポートって……もう、駄目ですよね」
俺は手に握り締めていたレポートを手に落胆して引き返そうとしたが、先生はさっとそれを取り上げた。はっとして顔を上げると、先生は優しく微笑を浮かべていた。
「観月脩君、でしたね。いつも真面目に授業を受けてくれていますから、特別です」
――特別。何か意図があった言葉ではないだろうけれど、自分だけ許されるというのは気分のいいものだった。
「朝早くに来て、大変だったでしょう。コーヒー嫌いじゃなければ、一杯飲んでいってください」
徹夜でレポートを仕上げたとは口が裂けても言えないなと思いながら、促されるままソファに座る。先生はコーヒーをシンプルなブラウンのマグカップに淹れて出してくれた。
「プライベートが忙しいんですか?」
「……まあ、バイトがちょっと」
ふうふうと息を吹きかけて冷ましてから、コーヒーを一口含む。
「無理は禁物ですよ。身体が資本ですからね」
「はい……努力します」
適当に流してこの場を去ろうとしていたが、鳥海先生は俺の顔を見て何かを思い付いたように俺の正面のソファに座る。
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