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「観月君はダブルでしょうか。目の色……とても色素が薄いですよね」
「……ダブル?」
「あ、ハーフって言うんですかね、日本では」
その時ダブルという言い方を初めて知った。海外ではそういう表現をするのだろうか。
「そう、ですけど……何か?」
「ええと……とても綺麗だとは思うのですが、少し気になっていたことがあって」
さり気無く「綺麗」と言われて、気恥ずかしいのだが、先生は特に重要なことではなかったようで俺の反応には気付いていない。
「観月君、私の授業を受けている時、よく目を擦るでしょう。教室が西向きにあるせいで夕方には日が差しますからね。辛そうだったので、それに気付いてからは授業の前にブラインドを下ろしていたんです」
夕方日の光で眼が痛いのはいつものことだったので、特別なことだと思ったことは無かった。鳥海先生は俺のその何気ない仕草に、授業をしながら気付いたのだ。家族以外の人間に気に留めてもらっていると感じたのは初めての経験で、驚く。
「少しは楽になっていると良いのですが」
優しく微笑む顔に少しどきりとして、視線を逸らした。西日については特に気にしてはいなかったが――そもそも目の色素が薄いせいで眩しいのだということを認識さえしていなかった――、「はい、有難うございます」と礼を言う。
「コーヒー、ごちそうさまでした」
少し居心地が悪いような、このままここに居ると可笑しな気分になりそうで、コーヒーを飲み干し席を立った。
「授業中、色の付いた眼鏡を掛けると蛍光灯の光も眩しくなくていいと思いますよ」
去り際にそう声を掛けられて、何と言って良いか分からず、「有難うございます」と一礼して研究室を後にした。
この時の先生との会話が、俺にとって一つの要素になったのだろう。この時感じた綿毛のようなふわふわとした感情は、俺の知らないうちに心のまん中に落ちて、しっかりと根を張っていた。そのことを知るのは、夏の終わりの、蒸し暑い日のことだった。
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