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「やっぱり、夜明けを待った方がいいんじゃねーか?」  桂がげんなりとした顔で樹上を仰いで言い、珠玉が長い耳を振り立てた。 「すぐ目の前にぶら下がってるってのに、指をくわえてこんなところで、あんたなんかと夜明かしするっての? 真っ平ごめんよ。おまけに夜が明けて月が隠れてしまったら、月へは戻れない。夜を待って明日の月の出までほとんど丸一日、こっちで無駄な時を過ごさなけりゃならないじゃない」  仙薬作りには、気が遠くなるほど沢山の材料が必要で、唐天竺からこの倭国まで、くまなく探し続けてもまだまだ足りない。  二人――いや、一羽と一匹の前には、千年に一度実るかどうかという金色(こんじき)梔子(くちなし)の実がなっているのだが、如何せん兎と蛙の身では手が届かないのだ。 「それにしても。こんな調子で嫦娥様の罪が許される日は来るのかねえ」 「姫様と来たら、西王母様にお返しする仙薬そっちのけで、せっせと色々な新薬作りに熱中していらっしゃるものね」  そして、出来る先から、病に苦しむ人々に分け与えてしまうのだ。  無論、同じ轍は踏まぬよう、自らが天仙であることは隠し、効き過ぎる薬は避け、可能な限り下界に普通にある薬種を使って、誰もが作れるよく効く薬を、製法を含めて広めようとしている。  おかげで、仙薬作りは一向に捗らない。 「でも……天帝のお気持ちは、とっくにお許し下さっているのだと思うわ。だって、その証拠に……」 「まあ、月にいる間は、そこで好きなようにしろと仰せであるような感じではあるな」  うむうむと、桂が頷く。 「あー、でもあんたは別だからね。月を木犀の木で覆いなさいと申しつけられたってのに、なに勝手に絵を描き始めちゃってんのよ。しかも、めちゃくちゃ下っ手くそだし」  絶えることなく木犀の花が咲き誇る月の表は、日の光を受けて銀色に輝き、下界の夜を明るく照らすようになった。しかし、桂が敢えて木を植えずに残した辺りは暗く沈み、絵のように見えないこともないのだが、何に見えるかは人によって異なるという、なんとも情けない完成度だ。 「む。お前こそ、そのへらず口を慎めと言われたんじゃないのか」 「へーんだ。いいのよあたしは。ずっと、姫様のお側を離れるつもりなんてないんだから」 「それは、俺だって」  嫦娥が歌い踊ればその通力で、箸ほどの苗木がほんの一晩で見上げるばかりの大木にまで生長するのだ。その気になれば、とうに月を覆い尽くせている。
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