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「天帝も、あんまりだわ!」  珠玉(しゅぎょく)は、月を見上げ、目を真っ赤にして叫んだ。  この当時、月はまだ、今日(こんにち)のように光輝いてはいない。  ただ白茶けた虚ろな姿で、ぽかりと夜空を漂うだけの代物だった。  いまだ天地の(ことわり)定かならず、突如、(とお)もの太陽が出現したりなどさえする時代であった。 「しっ、声が高いよ」  珠玉の母は、慌ててこの勝ち気な末娘の口を押さえた。 「あたしだってもちろん、嫦娥(じょうが)様にはご同情申し上げるけどさ。何と言っても御夫君となられる御方が賜わった仙薬を、勝手に持ち出した挙げ句に全て無くしちまったことには違いないんだろう? 仕方がないよ」  天帝の息女たる嫦娥は、その身の内から光を放ち、常に(かぐわ)しい香りを纏っていると讃えられるほど、天上天下に比類なき美しい姫君であった。  ところが、父である天帝が見込んで婿と定めた男を嫌い、西王母から贈られた仙薬を持ち出し、下界へ逃げてしまったのだ。  仙薬は、婚礼の際に二人で分かちて飲むことで共に長久の齢を得られるとされ、儀式には欠かせぬ品だ。西王母の手になる逸品ならば、不老不死となれるばかりではなく、その美徳も層倍になると伝えられている。  よほど男が気に入らなかったのか。  いや、より完璧な美を追い求めて二人分の薬を一人で飲み下したのだ。  巷には様々な憶測が飛び交っていたが、捕らえられ、天界へと連れ戻された嫦娥は黙して語らない。  ともあれ、彼女の身勝手に激怒した天帝は、なまじ美しく生まれついたばかりに男の選り好みをし、己の美を長久たらしめんなどと欲するのであろうと、なんとその身を醜い蟇蛙(ひきがえる)に変えてしまった。  そして、月への流刑という、重い罰を言い渡したのである。  月は、人も生き物も住んではいない、ただひたすらに荒涼とした沙漠が広がるばかりの淋しい所。  そこで仙薬を作り西王母へ返却するまで、罪は(ゆる)されないというのである。  仙薬というものは、ただでさえ一粒作りあげるのに気が遠くなるほどの長い長い年月を要する。まして、西王母の手になるほどの逸品ともなれば、一体どれほどの時が掛かるものやら想像もつかない。
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