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「仕方がないわけあるもんですか。太陽を射落とした英雄だか何だか知らないけど、そもそも姫様は、あんな乱暴者のことなんか、これっぽっちも好いてなんかいなかったんだから」  弓の名手、后羿(こうげい)は、かつて十もの太陽が昇り、地上が灼熱に襲われた時、九つの太陽を射落として世界を救った。その功を愛でて天帝は、后羿を仙に召し上げ、娘の婿に定めたのである。  后羿は、その武勇は元より、見目から言っても立派な偉丈夫で、決して女が毛嫌いするような容顔の男でも無かったが、武人の常である荒々しさは、心優しき嫦娥とは相容れなかった。 「天帝はね、お気に入りのあの男と姫様を妻合(めあ)わせて、ずっと手元に置きたかっただけなんだ。身勝手は、天帝の方だ」 「いけないよ、お前。天帝のことを悪し様に言ったりして、万一お耳に届きでもしたら、どんなお咎めを被ることか――」 「聞こえたってかまやしない。お咎めを受けるのならばむしろ好都合。あたしも姫様について月に行きます」 「な、何をお言いだね」 「だって母さま。うちにはまだ三人もの兄さま姉さま達がいるけれど、姫様にはもうどなたもいらっしゃらないのよ。月は、それはそれは遠くて寂しいところだと聞くし、せめてあたしくらいはお側にあって、お慰めして差し上げたいの」 「だって、お前、そんな……」  親にとって子は宝。幾人いたとて、一人として欠けることなど考えられないもの。ましてやその名の通り、珠のように慈しんできた、愛しい末の娘。 「一度言い出したら、引く子ではあるまい。それに――実はわたしも、此度のことは些か得心が行かぬ気がしているのだよ」  珠玉の父は、天帝に仕える官吏で、直接天帝にもの申したり出来る身分では無いものの、余程近い場所で様々なことを見聞きしていたため、内心では嫦娥に深く同情を寄せていたのだ。 「あんたまで、そんな……」  父の縁で、末娘の珠玉が天帝の娘、嫦娥の女官に取り立てられた時には、大変な出世と喜んだものの、こうなってみるとそれが良かったのかどうかと母は泣き崩れたけれど、珠玉の決意は固い。 「考えてみれば、天帝はともかく、御母上はどんなにかご心痛だろう。それほど言うなら行ってお力になって差し上げるといい」  最後には、涙ながらにもそう言って、送り出してくれた。
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