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「それがさー。嫦娥様が落として行った羽衣を使ったら、羽みたいに体が軽くなって。いやぁ、あれは最高だった。で、そのままふわりふわりと天帝の御前へ直通さ」  のほほんと答えて蛙は、けろけろ笑った。 「まさか。いくら羽衣があったって……」  人間が、おいそれと飛べるわけは無い。普通は、空高く浮き上がった所で墜落し、地面に激突して一巻の終わりだ。 「あー、実はちょっとだけ、仙道の修行をしたことがあったんだよね。それこそ空が飛べたら楽しそうだなとか思ってさ。まあ、わりとすぐに破門になったんだけど」  仙には三種類ある。  天界で生まれ育った珠玉のような、生まれながらの天仙。元は人間ながら、后羿のように天帝に許された者や、天仙と契りを結び西王母の祝福を受けた者がなる地仙。そして、厳しい修行の末に神通力を得た、人仙である。  その修行の厳しさは並大抵のものではないと聞くし、人間には仙骨のある者と無い者がいて、どんなに修行を重ねても、仙骨が無ければ仙にはなれないらしい。  半端な修行でも天界へ辿り着けたところをみると、おそらく彼には仙骨と、持って生まれた素質のようなものがあったのだろう。 「ともかく。嫦娥様には親兄弟の命を、助けてもらった恩があるからな」  はっとした。 「じ、じゃあ、あんたが姫様の代わりに――」  珠玉とて、訳も分からず嫦娥の宮殿を追われて家へ帰された後、間なしに行動に移したつもりであったが、捕らえられ、天界へと連れ戻される嫦娥を追って、すぐさま羽衣で天へ駆け上った人間の男の方がはるかに早く、目的を遂げたのだ。  真っ先に馳せ参じて、呪いを我が身に、と思っていた。  もし先んじていたなら自分がこんな姿にと思うと身震いが出るが、それでも、負けた……という思いも、多少はある。  だから、一応は敬意を込めて、幾分、言葉と態度を改めた。 「あたしは珠玉よ。嫦娥様の女官をしていたの。姫様のお側にと天帝に願ってこっちへ来たのよ。あなたは?」 「俺のことは……まあ、(けい)とでも呼んでくれ。嫦娥様も、そう呼んでくださる」  下界の(から)の国では木犀のことを桂と呼ぶ。  天帝は、箸のような小枝を彼に渡し、この木が月を埋め尽くすまでは赦されぬと仰せられたらしい。  じじいのことだから、蛙と桂の(つくり)が同じであることを懸けて、洒落ているつもりに違いない。  けれど、木犀は花にも実にも薬効があり、殊に香りの素晴らしい桂花(けいか)は仙薬に欠かせぬものだ。挿し木も容易だから、そうして仙薬作りを助けよということなのかも。
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