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腐り、途中で折れた木製の電信柱が寄り掛かる外階段を上がる。と、辛うじて原型を留めた障子の枠組み、ベランダのサッシ越しにその障子の中を覗く。と、穴の空いた靴箱から立派なイラクサの葉が生えていた。
外階段からベランダを周り二階へ。其処から屋内に入れる。
この建物が生きていた頃、どんな人達が出入りしていたのか、それは判らない。家具や調度は大半が木製だったのか、年月を経て脆く腐り、形を保っている物の方は殆どない。ミシリ、ミシリと、少女が歩く度に腐敗した板の間が鳴り、偶に踏み抜ける。廊下の隅には潮風の運んだ土塊が溜まり、其処から伸びる雑草の緑がある。その緑が深まる奥に、階段を見付ける。
三階へ上がる。と、此処は木片すらない伽藍堂。広いだけの空間に、古茶色の土壁が暗く沈んでいる。
沈鬱な光景を一瞥、少女は朱色のスカートを翻して、四階、五階へと上がって行く。
お誂え向き、最上階の五階には、丘と結ばれた渡り廊下があった。その中央には打ち捨てられた木の椅子がある。それを避けつつ、彼女はエナメルサンダルの踵を鳴らして、薄暗い日陰から、日向の緑の中へ舞い込んだ。
セメントで固められた石の地面も、緑豊かな自然の前では無意味らしく、スッカリ植物に占領されている。燦々と、夏の日を浴びる木々。少女の艶やかな黒髪にも木漏れ日が降り注ぐ。輝く枝葉と、その間から覗く空。黄緑と青の斑模様が風に揺れている。
風に吹かれ騒ぐ枝葉の下、雑草をかき分け、かき分け、真っ直ぐ進む。目的地はもう見えている。叢を抜けた先、ポッカリ開けた場所にそびえている。それは白く、空に突き立ち、まるで輪郭のハッキリした夏の雲の様だった。
真っ白な灯台。
この灯台だけは、他の朽ちた建物と違って塗装も綺麗な儘、生きていた頃の様子を忍ばせている。
苔むした、短い石段を上がり、灯台の許へ。此処は波の音がよく聞こえる。海からの風に髪をなびかせ、なびかせ、少女は、そっと、灯台に触れた。
「高い所は怖い?」
呟く様に彼女は訊く。返事はない。波と風の音に耳を傾ける。
少女が不意に灯台を仰ぐ。真っ白い灯台の胴体に続く梯子へ手を伸ばす。ワンピースをはためかせつつ、手と足を交互に、しなやかに動かして、少女は宛も青空を目指す様に梯子を昇った。
そうやって、どうにか梯子を昇り切り、彼女は島の一番高い所に立った。
見晴らしが良い。緑と灰色の混じり合った島が一望出来る。もっとズット先、四方を取り囲む群青の海と、反対に淡い色合いの空も。
こうして見ると、この星の丸い事がよく判る。大きく滑らかな曲線を描き、海は水平線に落ちる。波の起源はきっとあの向こうにある。
風になびく黒髪もその儘に、少女は瞳を遙かの海へ向けた。菫色の瞳は海に浮かぶ他の島々を眺めている。遠くに一つ、山脈を備えた、弓形の巨大な島が霞む。その手前にも二つ、中くらいの島と、耳みたく海面から突き出た小島が浮かんでいる。
……家族の様に……。
そんな言葉が脳裏を掠め、直ぐ消える。
塔の頂上を周り、島の反対側を見る。この島は何処彼処も散らかっている。散らかっていない場所は植物に占められ、緑色に染まっている。
そんな残骸と雑草を越えた先、マンションばかり並ぶその向こう、取り分け大きな建物の窓枠に、赤い何かが見えた。
その赤いものは小さい。けど、数は沢山ある。建物に空いた無数の黒い穴……恐らくは窓……の一つ一つに、何か赤い物がはためいている。バタバタと……それが一体何なのか、遠目には判らない。が、その赤い群れは、灰色コンクリートの上に咲く彼岸花の様だった。
少女が又不意に地面を見下ろす。そうして、ゆっくり、梯子を下りて行った。
次の目的地が決まった。
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