序章

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 城が見える。信楽城はこの街の文化財として有名なものの一つだと言われている。言われている、というのは実際にそこに見に行ったことがないからであって、見に行けばいいのに、と言われても何だか面倒でなかなか行く機会に恵まれなかった、というのが正しい言い方だろう。  もしかしたら、高校に入ったら行く機会があるかもしれない――そんなことを思いながら、僕は窓から景色を眺めていた。  そして、景色を眺めていると、信号待ちの人の中に、目を引く女性が立っていた。  ブレザーを着ている彼女は――恐らく同じ学校の生徒だろう。そして目を引くのは、赤い髪だ。真っ赤に染まった髪は、染め上げたというよりも元からその色だったような気がしてならない。  第一、僕は彼女に見惚れていた。  僕はその彼女を見て、とても美しいと思っていた。  ……どうしてだろうか? いいや、そんなことを考えている場合ではない。  問題などない。簡単に言えば、僕は彼女に一目惚れしていたのだ、と言えば良いだろう。 「ねえ、真央(まひろ)、聞いてる?」  飯塚真央、それが僕の名前だ。普通に読んだら『まお』と読まれてしまうのだけれど、僕の名前は『まひろ』である。何故そんな名前にしたのか、と聞いたら「何でだろうなあ?」と言われてしまった。息子の名前の由来ぐらい覚えておいてくれよ。 「え、何か言った?」 「……ったく、言ったじゃない。だから、今日は夕方に迎えに行くから、って。LINE通知来るようにしておきなさいよ」 「LINEの通知オンにしておいたら、先生に取り上げられちゃうよ。マナーモードにはしておいて良いでしょ?」 「それは別に構わないけれど、あんたが気づけばそれで良いわよ」  飯塚真凜。  何だかペンネームのように聞こえてしまうけれど、これが母さんの本名だ。  今は幾つもの出版社の原稿を抱えている売れっ子作家としても有名である。本名を使っているから、直ぐに名前を聞いただけで飯塚真凜の息子だとバレてしまうのだけれど。  個人的には、文学にあまり興味がない。  だから母さんの小説もあまり読んだことがなかった。  読めば良いのに、と言われればそれまでなのかもしれないけれど、僕は母さんのことを嫌いになっていた訳ではなかった。母さんと僕の仲は普通に良かった。良かった、と過去形で言ってしまうと今は悪いんじゃないか、なんて思うかもしれないけれど、別に今も仲は良いですよ?
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