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無理な願い
「キイテル? シンイチ サマ。」
ユンミは薄暗い病院のロビーで、ひとしきりおばさんの抱擁を受けながら、信一の顔を覗き込みながら聞いた。
信一は、この子今度は、さまかよ。と思いつつ、
信一「え!ハグソウルね!ん〜ダメだろうね。たしか、そうそうダメだわ。ガード硬いし、会えないよね〜。音楽業界の人でも会えないよ!
僕も残念だな〜。うんうん。
あ!そんでオーディションって言った?
ピアノ?弾けるんだ!凄い、凄いね〜。頑張ってね〜!。」
少しずつ下がりながら、早口で誤魔化そうとした。
ユンミはまた大きな眼に涙が溢れて来た。
まずい!
信一は直ぐに防御体制に入り、
信一「す、直ぐにって訳には行かないと思うよ。そのK-popユニットに会うのは。ね。色んな人達にお願いしないといけないから。分かるよね?」
ユンミはコクリとうなずいた。
信一「あと、オーディションは何処かの事務所?
それともユニットを組んでる?詳しく聞かせてくれないかなぁ。」
腕組みをして、やり取りを静かに聞いていたオバさん?が、
オバさん「あのね、この娘はアルバイトでピアノを弾いてたのよ。韓国で。
上手よ〜! 皆ウットリしてしまうわ。お金取れるんだもの当然よね。
でも3日後よオーディション。手首腫れてるし、駄目じゃない!
貴方のせいで、どうしましょ。
うちはね、自慢じゃないけど、貧乏だからこの娘が稼がないと、
学費払えないのよ。日本語学校。
今は色々バイト掛け持ちで頑張ってるの。
出来た娘でしょう。涙が出るわ。
やっと得意なピアノで稼げると思っていたのに・・・日本で。
貴方、音楽の関係でしょ。だったら、沢山有るでしょう、ピアノのお仕事。
お願いするわね。貴方の連絡先…えーっと東京都…」
さっき渡した名刺を見ながら、
ここぞとばかり、まくし立てた。
信一「ちょっと、すみません、ちょっといいですか?もう遅いですし、詳しい事はまたお話し合いするとして、確認させて下さい。
えーっと、そちらは、ユンミさんのおば様で宜しいでしょうか?
また、ユンミさんは、韓国の方ですね。日本には観光で来られているんですか?それとも語学留学?これだけは、教えて頂けますか?」
オバさん「そうね、正確に言えばユンミは私の妹の子供。
でもねぇ〜〜。でもね、色んな事があって私の娘になったの。
生まれも育ちも韓国。だから韓国人。
でも今は私の娘だから、日本人。よろしいかしら。」
信一「はい、良く分かりました。ユンミさんの願いが出来るだけ叶う様に、
頑張って見ます。じゃあ、今日はこれで帰ります。
あ、よかったら家までお送りしましょうか?」
二人は、近いので話しながら歩いて帰る、との事だった。
信一は会計で治療費を払い、軽く会釈をして、二人と別れた。
車に乗り込みエンジンをかけ、深呼吸を2度程して出発しようとすると、かすかに音が聞こえた。
何だろうと思い耳を澄ますと車のスピーカーから流れている。
誤ってCD再生ボタンを押してしまったのだろうか。
少しずつ音量を上げて行くと、割れんばかりのギターの音と、ドラムとベースのリズムのしのぎあいで収まりが着かない状況のデモ曲だった。
信一「そうだ!コイツ等のせいで・・・、聴いてしまったばっかりに・・・、事故の犯人扱いされて、今夜の計画も台無しになってしまった。」
メラメラと怒りが込み上げてきた。
とその時に、ボーカルが歌い始めた。
病院の駐車場を出て、家迄はそれ程掛からなかったが、駐車場に着いて車を止めても、このボーカルの歌声を途中で止める事は出来なかった。
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