ハグソウル

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ハグソウル

当時このハグソウルの社内での評価は良くなかった。 特にお偉方には全くだった。一人でもNGならば、話は進まないのである。 斉木部長「今時、バンドユニットはねぇ〜。ダンスはしないの?」 宇奈月専務「プロフィールを見ると、16歳だろう。 これからだとは思うけど、孤児院で結成って、…どうだろう、 …引っかかるねぇ。」 神津統括「でも、4人共ルックスはイケてる。アイドル性は有りますよ。」 宇奈月専務「結成して、え〜っと3年?!、韓国国内でもイマイチかぁ。 日本に活路を見いだそうってか!」 斉木部長「あ〜、御手洗君は、どうよ?」 信一「わたくしといたしましては、是非一度、生音を聞いてみたいとおも…」 宇奈月専務「韓国へ行ってか?! 東京のライブハウスには、 これ位のバンドなら、星の数ほどおるわ!」 神津統括「どうでしょう、このバンドはともかく我社も将来的なK-popとのパイプ作りを視野に入れてみては。」 斉木部長「話が段々大きくなりますねぇ。 それだと、御手洗君では荷が重いのでは?」 國武社長「このエッジと言う韓国事務所に、どれほどの覚悟を持って日本進出を望んでいるのか?また、このメンバー一人一人が日本進出を心から願っているのか!この2点がしっかりした物なのか、見極めてからの事だろうね。 部長どうだろう?探りを入れてくれるか? 僕の友人にハングル語が堪能な奴が居るから連絡しておくよ。」 部長「畏まりました。」 結局、信一が担当する事となり韓国出張が決まった。 3日間の短い期間ではあったが、彼等のライブはもちろん、育った孤児院にもお邪魔した。驚いた事に、稼ぎの少ないギャラの中から、皆で毎月この施設に送金していた。 また日本語も勉強しているようで、日常的な会話は、身振り手振りを交えて何とか伝わった。 特にソユンと言うボーカル・キーボード担当の青年は日本進出を強く望んでいた。 彼等のマネージャーさんも気さくな人で、他の事務所のプロデューサーや マネージャーを数人紹介してくれた。 3日間ハグソウルの4人とは一緒に生活して、彼等の素直さ、優しさ、真面目さ、強い意志、色んな面を見る事が出来た。 そして日本に行って成功する事をみんなで誓いあった。 信一にしてみれば、初めて任された仕事が海外出張で、かなりプレッシャーを感じていたが、充実した成果を持ち帰る事が出来たと思った。 日々の社報告の際でも、ハグソウルとの契約話が真実味を帯びているようだった。 しかし… 帰国して3日後の朝、部長からお呼びがかかった。 部長「御手洗君、今回の出張お疲れだったね。私はね、ハグソウルとは仕事をしたいと思い、そのつもりで動いていた。エッジ(韓国の音楽事務所)の担当とも良好な関係で、かなり良い条件で契約出来そうだった。」 信一「だった…?」 部長「御手洗君、すまない。今回のこのハグソウルとはお流れだ。うちでは、引受出来ない。理由は聞かんでくれたまえ。」 信一「ぼ、僕が何かミスを!」 冷静さを保ちながらも、目頭が熱くなっていくのが分かった。 部長「ハッキリ言っておくが、一切君に責任は無い。逆に良くやってくれたと思っている。でももう終わりだよ。これ以上、詮索もせず、関わるな。終わりなんだよ。」 信一は、これが現実、夢?うなだれたまま部長の顔を見る事が出来なかった。涙がポトリとテーブルにこぼれた。 自分のデスクに戻り、呆然と窓の外に視線を向けていると、あの韓国での3日間が走馬灯の様に流れ始めた。 とその時、PCからメールを知らせる着信音が鳴った。 けだるくマウスを握りクリックすると、あのソユンからだった。 ソユン「ヒョン(兄貴)、ゲンキ?ボク カナシイ ヨ。ワカラナイケド、ヒョン オワカレ。モウ アワナイ。ミンナ アワナイ イッテル。デモ イルボン(日本) ジェッタイ イク。ソレデモ ヒョン アワナイ。オワカレ。サヨナラ。」 ……また涙がこぼれた。 1年ほどたった頃、ハグソウルとのお流れは、孤児院育ちの結成ユニットと言う理由で、日本では馴染まないと言い張って翻意しないお偉さんが潰したのだ。と言う事が聞こえて来た。誰だかは予想がついた。 その頃のハグソウルは、別の大手事務所と契約して、日本ではすこぶる人気が出始めていた。 それからと言うもの、あれよあれよと言う間に、今では日韓音楽界の頂点を極める程になった。 ハグソウルの日本での音楽事務所はキャンドゥ。 担当プロデューサーは、野口和夫。 野口は信一と大学の同級生で、且つ軽音楽部に所属していた。 信一がその事を知ったのは、1年程前にハグソウルのインタビュー記事の中で写真付きコメントを寄せていたのを見つけてしまったのがきっかけだった。 それを見た信一は不覚にも椅子からコケて、おまけに2日間寝込んでしまった。 それからというもの神様に見放された如く、信一には全くツキがなく、悶々と仕事をしていた。 担当したユニットの多くは日の出を見る事なく去り、今も何とかしがみついて演ってくれている数組も明日をも知れなかった。 そして今回の事故もどきに巻込まれてしまったのである。
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