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さて、我が国、帝国メガロポリスには、戦争が有ろうと無かろうと年中つきまとう問題があった。
内乱である。
テロである。
建物が爆発したり(工場や商用施設が多い)、
地区の象徴が無くなったり(例えば、偉大な業績を上げた府区長の銅像)、
ヘンな生き物が跋扈したり(王国にも似た様なものが居るらしい)、
マンホールが下から吹っ飛んだり(現場検証で死亡フラグが立ち面倒)
するのである。年間行事の如く。
幸い死傷者は少数で済んでいる事が多く、また“防衛線”により未発生に終わったりするので、犠牲者は御見舞と御冥福を祈られつつ“何か遭ったか我が振り直せ”と相談に乗られ、一般人も慣れた様に応対し、各地区に勝手に義勇軍や救援・清掃ボランティア団が出来ていたりする。
…これが、帝国民の数少ない良い所である。
「数少ないんだ…」
問題は、簡単に言うと
(1)テロ組織が根本から片付けられていない事
(2)死傷者が出る事
(3)現場掃除と建造物修繕費がバカにならない事
(4)偉い人が関わると一般人ではどれも解決できなくなる事 である。
そこで、帝国軍一般部の出番である。
ソレは一軍から四軍まである総勢●●●名で構成され、テロの鎮圧から人命救助、現場清掃補助から準国家交渉まで命じられる防衛組織である。テロが頻発する帝国で二次被害が最小限で済んでいるのも、偏に彼等の御陰であった。
「別に“防衛線”は順調だし作業は殆ど四軍がやっけど、
ウチの陛下が妙に気にしてるんで行ってくんね?
ほら、帝国(ウチ)の魔法使いって俺と長官とお前しか居ないし…
俺も仕事片付けたら行くし、先行よっしく。」
「了解!」
今回は帝国メガロポリス部・アナスタシア区にてテロが発生。
“防衛線”による予兆確認も失敗に終わりテロは成功、死傷者多数となってしまった。その惨状に、一般部四軍が現場清掃および人命救助作業に当たっていた。リノクのマサトはインターンシップ及び王国由来の緑魔法士として、この四軍に同行していたのである。
「でも、あれだけの爆発が有って“防衛線”とか監視カメラに今も不調が無いって、変じゃないか?」
《そう思って調べてるけどよ、マルウェアもハッキング跡も出てこねー…
画像見る?》
「見てみるよ。」
マサトは作業を手伝いながら、通信部機構課にいる元同級生と通信していた。
ファスタラヴィアのコージ。
帝国最新の天才と持て囃される若者である。
その天才具合は今回本題ではないので割愛するが、今日も七三分けが綺麗に決まった彼は彼でやはり独自に調査していた。しかし、彼の専門分野からは、有力な証拠は出てこなかった様だ。
《爆破1時間前から送るぜ。》
マサトはコージから送られた動画を見た。
カメラから見て、見通しがなんとなくあった人通り。
ぽつり、ぽつりと、降り出した雨の様に通る老若男女の中で、一人。
ふらりふらりと千鳥足。
その酔っ払いの左肩の辺りが、明らかに暗い。
(もしかして…)
どのくらい暗いか?だなんて、きっと誰にでも分かるだろう。イラストレータでそこだけ指定して明度を下げ、暗雲でも作ろうとした様な不自然さだから。
(嗚呼なんて事だ、この国にも“アレ”が居るなんて…)
その酔っ払いが映像中央部でバタリと力尽きた所で、爆発が起きた。
その直前、ケタケタと笑う男声が聞こえる。
それは人間の発するものなのか、それとも。
「46~50分の所を帝国参謀に見せてくれ、」
《あ?》
此処で、電話が掛かってきた。SNS経由ではなく、電話回線の電話だ。
コージに話しながら電話に出てみると、女性の妖しげなる笑い声が聞こえた。
「大変だ、死体が残ってたら彼等が」
「きゃあ?!」
途端に悲鳴が聞こえた。
「お、起きたぞ。」
「ウソだろ?!さっき死亡確認した…ぜ?」
うえぇーいっ!?
これは三次元での出来事だった様だ。
見遣れば、腰を抜かした兵士達。
移乗用ボードには、血だらけの被害者がむくりと起き上がって、此方を見ている。手には近隣の兵士から奪ったのかナイフ型AEMが。
(僕狙いか、ならば!)
其の眼の昏い輝きを何と形容すべきだろうか…人生20年生のマサトは知らないが、最早正常でない事は確かだ。リノクのマサトは恐怖に傾こうとする感情を鎮め、氣を確かに持ちながら唱える。
「音に遊び、言の葉に惑う者達よ。
静寂を以て、情動の導きし正邪の姿成さむ。ソルシエ!」
瞬間、マサト周辺の大氣が震動しそして留(・)まる。
今正に立ち上がり、歩き出そうとしていた亡者は立ち止まり、なんだかピクピクしている。先程唱えた“ソルシエ”の影響だが、説明は後だ。
マサトは次の魔法を唱える。
(頼むから発動してくれ…!)
懐から玉がずらりと連なる長い装飾具を取り出し、握りしめ、今度はいつも以上に真剣に。
「勇猛なる天界の神々よ、御先祖方よ。
聖なる慈悲を以て、子孫の心に光を灯し給え。ウィルブレス!」
すると、周辺の兵士が持っている武器が白く輝きだした。
四軍は驚くばかりだが、凶器を持って歩く人は放置できない。
遅まきながらAEMを構えた。
「今なら倒せる…
生者はAEMで気絶させ、死者は骨になるまで焼いてくれ!!」
「ええっ?!此処で燃やすんですか!?」
「それしか無いんだ、早く…!」
物を持つ手が急に震え出した。
明らかに急を要する事態なのに、マサトの心からは緊迫感が薄れてきた。
集中力が切れて、意識の濃度勾配が変動する。
何なら、十歩先ぐらいに血まみれの歩く死体が存在する現場だ。出来れば今直ぐにでも逃げ出したい。
「俺とミキでアイツを足止めしよう。
タケシとルカは、その間に着火剤と火種を用意してくれ!」
『了解!』
勿論、マサトはこういう事態を嫌と言うほど知っていた。
魔法士あるある、手持ちの魔力が無くなってきた証拠だ。
「やっ!」
「はあっ!」
これで感覚点による感覚まで感じなくなったら仕舞いだ、四軍が対応してくれている間に補給しないと。
「よっしゃ、着火剤ぶっかけろ!」
マサトは懐から掌大の茶色い石を出し、もう片方の手を数珠ごと突っ込んだ。
傷の無いその手は石に取り込まれる様にその透明感溢れる空間の中に入ってゆく。王国民の必需品“転移の魔石”、何でも入る鞄の様な物に数珠を仕舞い、代わって出してきたのは液体入りの瓶だ。
「うわっ!?誰だ小型焼夷弾(ナパーム)投げたヤツ?!」
「ごめん間違えたー!!」
「後でカツ丼奢れ、よっ!」
四軍の攻撃により現地火葬が成立した時、マサトはようやっと瓶の中身を飲み干せた。これで次の魔法が撃てる!
『清らかなる光よ、希望の礎となれ。』
サイン!!
燃えて尚動こうとする亡骸に、2つの白い光が直撃する。
(2つ?)
「帝国最強のイケメン・ソリトン=フローレーン!!
…華麗に参上!」
「帝国参謀キター!!これで勝つる!」
そして空から舞い降りた帝国参謀が、両手の鉄扇でスパッと叩き斬る!
その時、マサトは偶々帝国参謀の背中を見ていた。
(光った。)
帝国参謀が空を飛ぶのはそういうAEMを使っているからだと、聞いた事はあった。では、彼が背負っている大きな、緑色に光る本はなんだろう?
(風の気配がする…まさか、ホルスト関係の神器?)
仔細も原因も不明だが、結果は出た。
帝国参謀の扇の舞が決まり、炎の勢いが強化されてから、生ける屍は燃えて無くなった。
カラカラと、道路に何かが落ちた。
ドクシャ界で言う所の、スマートフォンだ。カバーは所々の焦げ付きでその存在を確認するだけで、画面はひび割れていた。
「…。」
マサトはふと頭を過ぎった考えに背筋を振るわせた。
こうして遺体が無くなってしまった今、彼の存在――彼が今日の5時間前まで生きていて、此処で死んだ事――を示す物は最早この帝国謹製汎用通信機
(オホン)しか無い。
これしかないのだ。
帝国のデータベースも、彼に居るかもしれないリアルの知人達も、帝国民が重視するSNSでの繋がりも、帝国謹製汎用通信機が動かなければ余人には辿り着けない。
事後処理が無ければ、この場の誰かに訊いてみたかった。
彼は誰ですか?
…きっと、この場に居る誰もが、彼を知らない。
何一つ、知らない。
何処かで見たアニメの音声(こえ)が、響く。
(“あなたはそこにいますか?”)
「僕は今、本当に此処にいるのだろうか…?」
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